まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

川本直「ジュリアン・バトラーの真実の生涯」河出書房新社(河出文庫)

”かつて、1950年代から70年代のアメリカにジュリアン・バトラーと言う作家がいた。同性どうしの性行為や同性愛が処罰の対象となる時代において、男性同士の愛を描いた作品を発表した。女装を好み、過激な発言を繰り返し、カルト的な人気を得た。”

しかし、この作家の本を私たちは読むことはできません。なぜなら、ジュリアン・バトラーは架空の作家であるからです。本書は1950年代から70年代の実在人物や出来事を混ぜつつ、この作家をあたかも実在人物のごとく描き出した「擬史」といった趣の物語です。そして、騒々しい世界の裏側にみられる同性愛とそれに関連する事柄を通して,この時代のアメリカ文学の歴史を別の視点から捉えて描き出しています。

スタイルとしては、ジュリアンの覆面作家をしていたジョージ・ジョンの回想という形で、ジョージとジュリアンの出会いから互いに愛し合うようになり、やがてジュリアンの作家としての活躍とジョージの関わり、ジュリアンの死とジョージの再出発までを描きます。そして訳者あとがきという形を取り、思わぬ展開をたどりながらも実現したジョンへのインタビュー、そしてジョンの死後、ジュリアンにまつわる真実が明らかになったことで発生したちょっとした騒動と関係者達のその後がまとめられています。いままで「日陰者』のような扱いだった人々が,かつてと比べるとより生きやすい時代になっている,それを感じさせてくれる話だと思いながら読んでいました。

ジュリアンとジョンなど物語の主要人物は架空の人物であり、序文から本文、後書き、参考文献に至るまでで一つの物語ができあがっているような本です。しかし壮大なフィクションを成立させるため、細部を徹底的につめて緻密に作り上げていきますし、これをもとのね谷下かなと思う描写も出てきます(ジュリアンとジョージのあるキスシーンの場面は、LIFEの表紙の写真のあれみたいです)。さらにジュリアンを取り巻く人々には実在人物が多数配置されています。著者が影響を受け、あとがきの元ネタとなるインタビューを敢行するまでのめりこんだゴア・ヴィダル、その同時代に活躍したトルーマン・カポーティテネシー・ウィリアムズノーマン・メイラーアンディ・ウォーホルなどが登場し、なんとも騒々しく混沌とした世界を作り出しています。

そして、本書を読んでいると,ジュリアンとジョージは共依存といいますか、互いに相手を必要としているような感じも受けます。両者ともに相手を求め・求められて生きていく,そんな様子が感じられる展開ですが、『終末』が書き上がるまでの経緯、そして遺作となる『アレクサンドロス3世』の執筆のはじまりをみていると、ジュリアンが自分から離れて行く事への恐れのようなものも感じられます。この様なところなど、ジョージは愛憎半ばするようなジュリアンを気持ちで見ているのかなと感じられるところもありました。あるがままの自分を生きるジュリアンをうらやましく思うところもあるようです。

ここの所あまり本を読めていなかったのですが、非常に細かいところまで作り込まれ、かつ物語としても面白いフィクションというのは久し振りに読んだ気がします。結構文庫本にしては分厚くなっていますが、一気に読んでしまいました。そして、中身についてあまり長々と書いてしまうと、興をそぐ事になりかねないのでこのくらいでとどめたいところですが、『アレクサンドロス3世』、誰か実際に書いてみませんか?私は小説とか無理なので。