まずはこの辺は読んでみよう

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姜尚中(総監修)「アジア人物史5 モンゴル帝国のユーラシア統一」集英社

集英社のアジア人物史シリーズも残すところは少なくなってきました。第5巻では前近代ユーラシア史のハイライトといってもよい、モンゴル帝国の時代が描かれます。チンギス・カンによるモンゴル帝国樹立、そしてその後のモンゴル帝国の拡大過程、クビライの業績がまとめられていきます。

モンゴル時代を扱うとき、やはりこの人は外すわけにいかないチンギス・カン(テムジン)について、オーガナイザー・智将タイプであり、武勇の面は弟ジョチ・カサルがになっていたというのは恥ずかしながら初めて聞きました。また、「集史」と「元朝秘史」では大部違うと言うことも示されています。よく知られるエピソードは「元朝秘史」由来のように感じますが、それとは違うチンギス・カン像が描かれており面白かったです。

その後はラシード・ウッディーンの生涯をたどりつつ、彼に関連する人物が時代順のような形で登場し、毀誉褒貶の激しい彼の生涯と、彼に対するそのような評価の形成の背景が分かるような内容となっています。

その他、モンゴル時代の中国での文化的発展として劇がよく出てきます。「元曲』として知られる当時の劇について、関係する人物を色々と取り上げながら、金元代の医学の発展や医師の地位向上といった当時の社会的な側面に触れていたり(科挙落第者のつく職として医師や薬屋が望ましい者として登場してくるとか)、支配する者とされる者の中間にいる職業的知識人層の発展が進んだという指摘が為されています。このあたりは非常に興味深い内容でした。現代では少々考えにくいのですが、「儒」と「医」の距離が近いというのは時代ならではというところでしょうか。

さらに道教の発展についても触れられていますが、全真教とモンゴルの関係についてはチンギス・カンのもとで保護され発展した一方、オゴデイ家との関係の近さからモンケ・クビライによる粛清・排除の対象となったこと、しかしながらその後再び勢力を回復し、現在に至るまでの大勢力となったことが、様々な人物を取り上げつつ描かれています。元曲の章とあわせ、思想・文化系にかなり重点を置くこのシリーズらしい内容です。

思想・文化系の内容が手厚いと言うことでは,日本を扱った章でも武家政権の関係者だけでなく仏教関係者(鎌倉仏教の法然夢窓疎石のような禅僧まで)もあつかっていますし、南アジアのイスラム化のところでデリー・スルタン朝時代の神秘主義者についての記述が多く見られます。その他、朝鮮、東南アジア、西アジアについても章が設けられていますが、対モンゴル、そして服属後もモンゴル内部の政局や国内諸勢力に気を遣いながら王朝を存続させた高麗の王様達の苦労はなんともいえないものがあります。そして、イブン・バットゥータで一章さきそして扱われるのは彼のみ、というのは破格の扱いではないでしょうか(ほかに書きようがなかったのかもしれませんが)。

モンゴル時代の人、もの、情報の流れの活発化や世界の一体化を、人物の歩みを通して描いており、具体的にどういう展開があったのかと言うことが分かりやすくなっていると思います。例によって頁数は多いですが、面白いですよ。