まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

柿沼陽平「古代中国の24時間」中央公論新社(中公新書)

歴史の本というと、政治や軍事に関する出来事の歴史であったり、グローバルヒストリーのような大まかな構造をつかむようなものであったり、そのような本がある一方で、日々の生活の様子を綴ったようなかなり細かい事柄を扱った本もあります。しかしそういう本の多くは西洋史関係の方で多く、東洋史の本でそのようなものはあまりみた記憶がなかったりします。

そのような状況下で、本書は古代中国、漢の時代を中心として古代中国の人が朝目覚めてから夜眠るまでという時間の中で何をどのように行なっているのか、あるときは史料の関連する記述を丹念に追い、またあるときは考古学関係の成果も用い、日常生活がどのように営まれているのかを描き出していきます。

設定として、未来から漢の時代にタイムスリップしてきたが皇帝の寛大なる措置により色々とみて回ることが可能となった人物(著者のようです)がいろいろみたり効いたりしたものを伝えるという感じのようです。そして目覚めてから身支度をし、仕事を行い、夜は宴会、そして夜寝るまでの時間の中で何が行われているのかを伝えていくという一冊です。

歯磨きの習慣がないため虫歯が多かったということや、秦始皇帝兵馬俑も個人の顔を忠実に写したものではなく工房で大量生産したパーツの組み合わせであるといったことなど、いろいろと興味深い話題がみられます。建物の建築様式や町の構造、人々の服装や装飾品、食事や飲み物、娯楽や仕事、夫婦生活や家族の関係、性愛などなど古代中国の日常生活の様子を描き出す著者の筆致もなかなか面白いものがあります。そして、本当にそんなことがあるのかと思う話について、注で出典が明記されているところもまた驚かされます。

日常生活に関わることというと、多くの場合無視されてしまいそうな事柄が結構多いのですが、それを描くためによくここまで色々な話題を収集できたと思います。史料の関連すると思われる箇所に付箋を貼っていったという著者の努力のたまものでしょう。古代中国に関心のある人だけでなく、他の地域や時代の歴史に興味がある人が読んでも面白いと思える一冊です。そして、古代中国について何か創作しようと思う人はぜひ目を通すべきでしょう

籾山明「増補版 漢帝国と辺境社会」志学社

漢帝国匈奴の抗争の最前線となったエリアから、漢代の木簡が多数出土しています。そこには長城付近というフロンティアで暮らす人々の姿がうかがい知れる内容が記録されていました。そうした木簡や遺跡をもとにして、漢帝国の辺境支配の様子を描き出していったのが本書です。

志学社より、かつて出版された中国史の書籍で、これは特に薦めたいと判断したものを内容をさらに追加して出された本がいくつかあります(以前このブログでも感想を書いた「侯景の乱始末記」もそうです)。本書はもともとは中公新書で出された一冊ですが、最終章を追加したかたちでだされました。

前漢武帝の時代に、激しい戦いの末に匈奴を追いやって漢が河西回廊を確保します。では、漢は辺境をどのように守ろうとしたのか。辺境の防備のため、見張り台や砦、長城を整備し、辺境の軍事組織を整備します。そしてこの辺境防衛のシステムを支えるために兵士が配置され、役人たちが働いていたことも出土した木簡から描き出されていきます。辺境の兵卒たちの任務はパトロール、信号伝達、文書の伝達に雑用といったものであり、見張りが敵の侵入を察知したら、迎撃するための騎兵が投入され、砦には弩を持つ兵士たちが配備されました。そして兵士たちは訓練を受けていた様子もうかがえます。兵士と共に辺境防衛を支えた役人たちについての記述も豊富で、彼らがどのくらいの俸給をうけとっていたのか、勤務評定や昇進、文書伝達のプロセスといったものが描かれています。

本書を読むと、兵士や役人たちの業務だけでなく、人間関係やトラブルといった仕事とは別の事柄についても木簡などが伝えてくれることがわかります。役人同士で喧嘩となり刃傷沙汰に及んだ挙句逃亡したものがいたことや、酒がどうもトラブルに絡んでいたらしいといったことまで記録に残っています。また、金銭をめぐるトラブルが度々起きていたことも判明しています。さらに、辺境に家族を連れてきているものも相当いたようです。さらに、辺境で病気になることもありますがそれに関する記録まで存在しています。さらに現地で農耕をおこなっていたことも明らかになっています。辺境のオアシスを舞台に農耕を行いつつ匈奴に対する守りを務める、この任務を果たすことは相当困難なことだったとおもわれます。

このように豊富な内容を含む本書とともに、大庭修「木簡学入門」を読むと漢帝国の辺境支配のあり方について、理解しやすくなると思われます。決して暮らすのが楽ではない辺境地帯で暮らす子をと選んだ兵士や役人、その家族がどのように考えていたのか、これについては当時の史料を歪みの存在を念頭に置いた上で解釈を取りまとめて出すということになるでしょう。最終章では書記になることをめざす辺境の役人や軍人の話が登場していますが、これは今回増補版で補われたもののようです。

本書は出土した木簡や発掘により見つかった遺跡をもとに、漢帝国による辺境の支配のしくみとそこでクラス人々の様子が読みやすくまとめられていると思います。残されたわずかな史料をもとにして、ここまで辺境の防衛にあたる人々の社会の様子がわかりやすい一冊です。辺境防衛のために整備された仕組みをみると、帝国がいかにして広大な領土を安定的に支配しようとしていたのかがよくわかるのではないでしょうか。

エドワード・J・ワッツ(中西恭子訳)「ヒュパティア 後期ローマ帝国の女性知識人」白水社

キリスト教が公認、やがて国教となっていく流れの中、伝統的多神教の信仰もなお続けられている後期ローマ帝国アレクサンドリア。そこで優れた数学者・哲学者として活躍し、当時の政界や宗教界の要人となるような優れた弟子を輩出した女性がいました。そして彼女はその悲劇的な最期もあり、彼女の存在については死後に様々な意味を与えられ、様々な陣営の「旗印」のように使われているようにも見えます。

本書では、何かの象徴のように扱われがちなヒュパティアについて、伝説化した姿ではなく彼女がどのような生涯を送ったのか、当時の社会や学術の状況の中で彼女がどのような位置づけにあったのかを描き出していきます。ヒュパティアが生きた時代のアレクサンドリアの都市の構造や社会階層について章を割き、そのほか、彼女が生きた時代に受けたであろう教育課程や哲学の流れについて、さらにキリスト教徒であれ伝統的多神教徒であれ所属できるヒュパティアと弟子たちの共同体のあり方についてもまとめられています。

興味深い内容としては、ヒュパティア以外にも活躍した女性学者たちについてまとめている章があります。女性が学問をする、教えるということが様々な制約のもとであってもある程度行われていた様子がうかがえますが、やはりシャドウ・ワークのようなモノであったり、あまり表に出てこないところでの活動であったようです。彼女たちと比べたとき、公の場で教え、公共的知識人として活動したヒュパティアの存在が極めて特異であることが伝わってきます。そこまでの地位を築くまでに彼女が犠牲にしたモノの大きさや重さにも目を向け、考える必要があるでしょう。

公職に就けないなど女性に対する様々な制約があるなか、ヒュパティアが並々ならぬ覚悟のもと己を厳しく律し様々なものを犠牲にしながら当代随一の哲学者の地位を確立し、必要とあらば政治家などにも助言を与えるなど公的な活動に関わったことが描かれています。それとともに、彼女が作り上げ体現してきた、宗教の違いがあれどともに学ぶことができる共同体のもろさも描かれています。彼女の殺害をあつかった第8章で、宗教的な帰属が党派をしめすものになる世界が、暴力を伴いながらたちあらわれていく様子が描かれていますが、アレクサンドリア社会の分断や経済格差と宗教の違いがだんだんと結びついていくかのような感じを受けました。

古代世界の女性について迫ろうとすると、史料的制約が非常に大きくなっていきます。多くの史料は男性の書き手により残され、彼らの物の見方や考え方をとおして我々は古代の女性についてみてしまい、そのまま見方を引きずってしまうと言うことも起こり得ることです。本書ではそうした「ゆがみ」を可能な限り取り除きながら、ヒュパティアの実像に迫る試みが進められています。

「史料にこう書いてあるから」ということでその内容を無批判に載せるのではなく、そのゆがみをもたらすモノが何なのか、そこに気をつけながら読み解き、描き出す、古代史に関しては他の時代以上に気をつけなくてはいけないことですが、非常に困難を伴う作業です。本書はそれをしっかり行った上で、ヒュパティアの生涯と後世におけるヒュパティアの受容の様子が読みやすくまとめられており、古代史に興味のある人はもちろん、女性史に関することや哲学や思想に関することに関心のある人にも読んでほしい一冊です。

篠原道法「古代アテナイ社会と外国人」関西学院大学出版会

古代ギリシアのポリスというと、世界史では大抵アテナイの事例がとりあげられます。アテナイというとポリスの可能性を極限まで実現した徹底した直接民主政ですとか、市民間の平等、奴隷制に立脚した社会、そして市民団の閉鎖性といったことがしばしば取り上げられます。市民団の閉鎖性というと、両親ともにアテナイ市民でなければ市民として認めないとするペリクレスの市民権法が取り上げられる事が多いでしょうか。

しかし、アテナイの町には市民と奴隷以外に在留外人(メトイコイ)と呼ばれる人々が住んでいました。彼らは市民ではないため参政権はなく、土地の所有権もないが従軍や納税の義務はある、司法の点では市民と同様の訴訟の権利はなく、さらに拷問される可能性があるという人々です。しかしアテナイにおいて経済活動や社会を営むにあたり欠かせない存在となっていた様子も窺えます。

ペリクレス市民権法にみられるように、アテナイ市民は血縁に基づく閉鎖的な集団というところはありますし、紀元前4世紀にもそれは続いていたこと、外国人に対する顕彰で市民権や土地所有に関するものが付与されることはありますが、実際に外国人が持つことに対してはハードルが結構高い様子はみられます。しかし、本書ではアテナイの外国人と市民の間を隔てる境界線は揺らぎが見られることを論じていきます。

本書で扱われている内容をいくつか挙げてみると、アテナイ市民は「秩序正しきもの」や自分たちの規範を共有する者としてポリスに貢献する外国人を認識し、ポリスに対する「エウノイア」「フィロティミア」の故に外国人を顕彰し、リュクルゴスやデモステネスといった政治家と外国人の協力関係など、市民と有用な外国人の間に関係を構築しようとしていたといったことが挙げられます。こうしたことから、ポリスのメンバーシップが特に紀元前4世紀に入るとより開放的なものとなり、市民と外国人の関係が柔軟なものとなっている面が見られるようです。

外国人との関係だけでなく、アテナイの市民とポリスの関係についても時代により変化が見られることが示されています。市民団としての平等性や閉鎖性が強調された時期はアテナイが「帝国」化しアテナイ市民が特権集団的な存在となっていた時期であると言う指摘はなかなか興味深いと思いました。

また、外国人も包摂するようなメンバーシップが重要性を帯びていくことにも関係するようですが、一体性や平等性が重んじられ個人が名誉を求めることが否定的に見られた紀元前5世紀に対し、紀元前4世紀に入ると個人がポリスのために積極的に行動することを肯定的に評価して顕彰をおこない、名誉によって報いることが普通になるといったことが指摘されています。

そして、市民が外国人をどう見たのかだけでなく、外国人の側がどう考えていたのかも明らかにしようとします。本書は外国人の視点を考察するにあたり墓碑の文言及び表現されている図像、さらに設置場所にも注目しながら論を組み立てています。外国人墓碑については、交易に従事する北東部地域と南部地域の外国人が流入し、中心的な墓地であるケラメイコスに墓を持てる者も現れ、中にはエリート層と同じ所に墓を持つ者までいたということ、出身地に愛着を持ちつつアテナイ社会になじもうとし、アテナイとの結びつきをアピールする様子が示されています。

さらに、紀元前4世紀に戦争への貢献を理由とした市民顕彰が増え戦いを描いた市民の墓碑も増える一方で、外国人の墓碑で英雄的な戦士として表現されたものが紀元前4世紀後半に消えることや、職業の表現が多く社会的機能を通じ名誉をアピールするなど、外国人が社会規範や求められる社会的機能の違いに配慮しつつその枠の中で名誉を求めていた様子もうかがえます。墓碑に注目した本書の後半は特に面白く読めた箇所でした。

本書は、ポリスについて血縁原理とは異なる「住民」として市民と外国人を包摂するようなメンバーシップのあり方もみられることを示し、ポリスのありかたについて考えていこうとする一冊です。そしてポリスの市民と外国人の関係が極めて柔軟であるという捉え方は、本書で扱われた時代より後のヘレニズム時代のポリスのあり方に通じるものがあります。市民団の閉鎖性や一体感、共同体的性格をポリスの本質ではないととらえ、ではポリスとは何かと言うことを考えていく、従来と違う視点の取り方でどのようなポリス像が描けるのか、アテナイ以外の事例の検討も含め、今後の展開を期待して待ちたいと思う一冊でした。

11月の読書

11月になりました。ここのところ多忙につき読書ペースは大幅に落ちています。はてさてどうなるやら。
それはさておき、こんな本を読んでいます。

柿沼陽平「古代中国の24時間」中央公論新社(中公新書):読了
籾山明「漢帝国と辺境社会」志学社:読了
エドワード・J・ワッツ(中西恭子訳)「ヒュパティア」白水社:読了
篠原道法「古代アテナイ社会と外国人」関西学院大学出版会:読了
シラー「ヴィルヘルム・テル幻戯書房:読了

 

会田大輔「南北朝時代 五胡十六国から隋の統一まで」中央公論新社(中公新書)

魏・呉・蜀の三国鼎立は晋により統一され、中国は再び統一王朝による支配となりました。しかし晋による統一は短期間におわり、華北五胡十六国時代と呼ばれる分裂の時代、江南以下南部では司馬氏による晋の支配という状況に突入します。4世紀の動乱の時代から6世紀後半、随により統一されるまでの時代は短期間での王朝の交代や諸国の興亡などもあり、なかなか理解しにくいところもある時代のようにも見えますが、次の時代につながるような重要な要素、後に語り継がれる様々な文物が残された時代でもあります。

まず、西晋の崩壊と五胡十六国の動乱をへて北朝とつながる流れを描くに際し、本書では北魏を建国した拓跋部と関係する代国を軸にして描いていきます。それ以外の要素はかなり削ったところもありもう少し書いてもよかったとも思いましたが、あえてそうすることで理解しやすくなるところもあるでしょう。代国滅亡後は、北魏の建国と華北統一、北族優遇、部族の解散、帝権強化と継承の安定(太子監国制)など体制の整備について触れられています。

北魏の体制については、部族解散などをおこないつつ内朝官という北方諸族にしばし見られる君主のそばに仕えさせ経験を積ませ登用していくしくみを持つ、シャーマニズムに基づく祭祀や行幸・巡幸など儀礼や風習でもなど北方民族(本書では北族として書いています)とのつながりを重視する路線をとってきた時期があるということが示されます。皇帝と北族を結びつける上でこうしたものが重要であったのですが、徐々に漢族の取り込みも進めていきます。そして、天下統一を見据えた孝文帝の改革により漢族社会の貴族制の導入など路線の転換がすすみ、このことが北族の階層分化、中小北族の不満の蓄積がすすみ、ついに六鎮の乱が発生することになります。東西分裂後、孝文帝路線を継承した北斉復古主義的路線を展開した北周が争い、最終的に隋が登場することになる、その流れが読みやすくまとまっています。

また、北族と漢族の衝突と融合のなかで試行錯誤するなか、さまざまな制度や政策がおこなわれたことも触れられています。しばしばネタにされる「宇宙大将軍」侯景や「天元皇帝」のようなものもあれば、北魏で行われた時期がある皇帝の生母に死を賜る「子貴母死」、そして譲位後も実権を握り続ける「太上皇帝」など、この時代だけに限られるものから後に影響を与えるものまでいろいろありますが、この時代ならではというところでしょう。

北朝のことだけでなく、南朝のことにもページを割いています。宋・斉・梁・陳と建康(いまの南京)を都とする王朝が続きますが、伝統の創造と再構築が行われた時代、帝位継承をめぐり凄惨な粛清が繰り返される血生臭い政治の世界と、のちに「六朝文化」として知られる優美でかつ高度な文化が栄えた貴族社会、そして貴族社会の中で地位を高めようとする寒門層たち、その辺りがまとめられています。固定的な社会という印象が強い南朝貴族社会でも地位向上をめざす動きがあったことや、意外と流動的なところも見られること、しかし皇帝側近として寒門が力を強めようとする一方で、下から上昇しようというエネルギーを上手く取り込めなかったというところに南朝の限界があったようです。南朝北朝の記述と比べると分量は少ないのですが、陳についてまとまった記述というのは珍しいのではないでしょうか。

本書は遊牧民(北族)と漢族の衝突と融合がみられた北朝、漢族王朝のもと伝統の再構築・創造が行われ貴族社会が栄えた南朝、そしてモンゴル高原を支配した遊牧国家のダイナミックな連動の時代ととらえ、北朝南朝の相互交流のなかでさまざまなものが生まれ後に引き継がれていった歴史を描き出していきます。さらに、貴族社会と一括りに語られがちなこの時代においても中下層の北族や漢人豪族、寒門層といった人々の上昇を目指す動き、仏教と道教の浸透と定着、活発な女性の登場といった要素が見られることに触れています。なお、隋唐について「拓跋国家」という遊牧国家的な側面を強調する捉え方がありますが、南朝北朝の相互交流の中で制度や文化、社会が発展したものであり、この面のみを強調することに対しては批判的なスタンスをとっています。遊牧民の世界に目を向けるという点では意味がある用語ではありますが、実態を見ていくことで今まで見えていなかったものが見えるようになるでしょうか。

華北の情勢を代・北魏を軸にまとめ、南の情勢をあえて晋の時代は軽目にしてその後を詳しく書く、南北朝時代についてのコンパクトで読みやすい通史本となっています。また最近の研究成果の紹介も多くみられます。例えば、北周の宇文護の捉え方でしょうか。近年中国の歴史ドラマもいろいろなものが放映され、時々見ているのですが、独狐皇后のドラマを見ていた時、序盤から中盤の悪役的な形で宇文護が登場していました(こいつとっとと成敗されないかなあと思って見ていたのはここだけの話ですが、、)。従来彼が権力を行使した時代は腐敗や政界の対立が激しかった時代と見られていたようですが、それは後世の歴史書の影響であるということが示されています。そのほか、ソグド人の手紙が永嘉の乱関連史料に登場し、ソグド人のネットワークの広がりを感じさせる叙述も行われています。そのほか色々な事例で最近の研究を取り込んでいますが、欲を言えば隋唐の「府兵制」につながる軍制の話も読んでみたかったですが、欲張りすぎでしょうか。

とくに複雑な華北情勢を軸を定めすっきりまとめたうえで、新書サイズでコンパクトな通史として南北朝時代激動の歴史が描き出されています。文章も読みやすくこれをまずよむと南北朝時代について捉えやすくなると思います。南北朝時代をモデルにしたであろう物語はいくつかありますが、そういったものもより理解しやすくなるのではないでしょうか。

 

ジョゼ・サラマーゴ(木下眞穂訳)「象の旅」書肆侃侃房

時は16世紀、海洋帝国ポルトガルの国王ジョアン3世はオーストリア大公マクシミリアンへの贈り物をどうするか考え、インド象を送ることにしました。その名もソロモンというインド象と象使いのスブッロは兵士達に守られながらリスボンを出てウィーンへ向かいます。途中でオーストリア大公の一行に引き渡され、嵐の地中海を越えてジェノヴァ、さらにヴェネツィアへ入り、そこから酷寒のアルプスを越えてウィーンへ向かうソロモンとスブッロはどうなるのか。

16世紀のヨーロッパで庶民はもちろんのこと宮廷で働く者たちも象を目にする機会はなかなかないことです。ソロモンを見た人々に対し驚きを与えたり、ソロモンと共に歩む兵士や人足たちにも何かしらの印象を遺すような場面もみられます。また、ある者は悪魔祓いのような事を行おうとし、またあるものはこれを利用して「奇蹟」を顕現させようとする様子も描かれています。

贈り物として象が送られたと言うことをもとに、そこから話を膨らませて彼らの旅を寓話的な話として描き出していきます。話の流れとしては、ポルトガルからオーストリアまで象を贈るための旅を追うという、至ってシンプルなものなのですが、そう簡単には話が展開しない作りになっています。ソロモンをオーストリアまで送り届ける過程を描く本書は、途中でさまざまな「脱線」が見られます。

本書で随所に見られる「脱線」は物語の登場人物や作中人物に関わる話題が繰り広げられることもあれば、物語の外から作者のような何者かが介入してくるような展開もみられるほか、所々に皮肉の効いた描写が挟み込まれるなど、さまざまな形をとって現れてきます。。例えば「床につく」という表現を何で使うのかというところで数行を費やしてみたり、秘書官がつかう「詩的」というのが一体何なのか分からなくなるような話になったりするばめんもあります。また、長さの単位の表記をめぐり、それだけで1ページくらいついやした挙句現代の単位を使うことにするという対応をとったり、随所に時代の違いも飛び越えた言葉や場面が登場しますが、「自己責任」なんて言葉をここで見るとは思わなかったです。なお、本書ではなんとなく頼りにならないような微妙な君主のように見えるジョアン3世ですが、先の展開を見通しているような描写が序盤に出て来ます(象が騎馬隊に奪われるのではないかという懸念を抱いていますが、あわやそうなりかねない展開が途中で登場します)。

興味深いものをひとつあげると、ソロモンを連れてバリャドリードへ向かう際に共に歩んだ兵士たちの隊長に関する話があります。旅の一行の中ではかなりしっかりした人物のように見受けられる彼ですが、そんな彼が手元にある高価な品を売りとばしてまで手に入れたのが『アマディス・デ・ガウラ』だったという話が出てきます。彼はアマディスの冒険譚を愛読し、自らの状況を引き合いに出しつつ夢想しますが、任務を忘れて冒険の世界に旅立ってしまうことなく話は進んでいきます。この本を愛読して違う世界へと足を踏み込んでしまった人の話が隣国スペインでこの本の時代よりややあとに描かれますが、彼が同じような展開を辿るのではないかと心配した読者もいるのではないでしょうか。

物語としては象をポルトガルからオーストリアまで連れて行く、それだけのことを扱っているのですが、何度も読み返したくなる一冊です。

10月の読書

10月になりました。次のような本を読んでいます。
ただ、秋冬は忙しくなるためペースは落ちるかとおもいます。
なお、先月一度読んで、何度か読み返している本もあります。

 

会田大輔「南北朝時代中央公論新社中公新書):読了

ジョゼ・サラマーゴ「象の旅」書肆侃侃房:読了
栗原麻子「互酬性と古代民主制」京都大学学術出版界:読了

エリック・ジェイガー(栗木さつき訳)「最後の決闘裁判」早川書房(ハヤカワ文庫NF)

ヨーロッパを舞台とした物語では、「ローエングリン」序盤ではエルザが身の潔白を証明してくれる騎士が現れると言うと実際に彼女のために戦う騎士が登場し、スコット「アイヴァンホー」ではテンプル騎士団員誘惑の罪状で裁判で死刑判決をうけたユダヤレベッカが代闘士をたて無罪を示そうとするなど、裁判の場面で「決闘」によって己の正当性を示そうとするという場面がしばしば現れます。

ヨーロッパにおいて決闘は神意により正邪を判断する神明裁判の一つとして行われていたことがしられています(「決闘裁判」(講談社現代新書)という本もあります)。当事者同士が決闘を行って決着をつける方式は、中世ヨーロッパにおいては、神が認めて敵に勝つ力を与えてくれたのだから勝ったほうが正しいのだということで、神判と結び付けて考えられるようです(これについては批判的な見解もあります)。訴訟の勝敗が力に頼っているというところに違和感を感じる人もいると思いますが、現代のアメリカの裁判などを見ているとこれに近いようにも思えてきます。

14世紀フランスで、最後の決闘裁判の当事者となったのはノルマンディの貴族ジャン・ド・カルージュとジャック・ル・グリ、そしてカルージュの妻マルグリットです。歴史的に由緒ある貴族の生まれで尚武の気風溢れかなり暴力的ともいえるカルージュと、慎ましい家柄からのし上がり財力もある新興勢力ともいえるル・グリ、背景は随分と違う二人ですがともに王家にも近いノルマンディの貴族ピエール伯を主君として仕え、当初は決して関係が悪くなかったことは、カルージュの長子の名付け親をル・グリに頼んでいるところからも伺えます。

しかしその後の人生でル・グリが財力を背景としつつ主君に気に入られ所領を与えられたり重要な地位や仕事を任され、寵臣となって行く一方でカルージュは望む地位にもつけず、所領を望んでも得られず、しかも主君との関係も悪化していくという具合に明暗が分かれていきます。同じような地位で競い合うライバルであっても決して関係は悪くなかったのが、徐々に悪化して不倶戴天の敵という状態に至ります。

不運続きのカルージュは妻と子をなくし再婚するのですが、その相手が裕福ではあるが王に二度叛逆した家の娘マルグリットだったというところも彼をさらに苦境に追いやったところがあるようです。不審の目を向けられる上、マルグリットが持っていた所領がル・グリのものとなっているなど、この結婚もかルージュが望むものを与えてくれはしませんでした。

財産、地位、主君からの信頼を損ない、坂を転げ落ちて行くような状況のカルージュですが、一度は和解したル・グリと決定的な敵対関係に至ったのは彼がスコットランド遠征でいない間に妻のマルグリットが強姦され、それを行なったのがル・グリであると妻から聞いたことでした。カルージュはなんとしてもル・グリを告発し裁きを受けさせようとします。これに対しル・グリは無実を訴え、両者の主張は平行線をたどり、ついに高等法院は血統裁判に委ねる事になります。はたしてこの決闘裁判はどのような形で決着するのか。

決闘裁判自体が徐々に消えて行く中、百年戦争真っ只中の14世紀後半のフランスを舞台として行われたフランス最後の決闘裁判の真相をめぐっては実際に事件があったのか、狂言なのかをめぐり意見は分かれています。本書はその決闘裁判に至る過程と、当時のフランスの政治や社会、裁判の仕組みなどにふれつつこの事件とそこに関わった人々の運命を描き出しています。この決闘で敗れた側はその後屈辱的な扱いをされることになりましたが、勝利した側も一気に地位を高めたものの最期は不遇であり、遺された者については今後困難が予想される、そんな終わりかたになっています。

それぞれの当事者の見解から再構成された内容が相反するものであるという、黒澤明羅生門」を思わせる展開ですが、この事件を巡っては事件の直後から疑問視する声もあり、その後も見解が分かれ、マルグリットの強姦をしったカルージュが自分に都合良く話を作り変え、その展開にそうよう妻に強要しル・グリを告発させた不正な訴え(真犯人は別、のちに名乗り出たともいわれる)であったとする見方を取る人が多いようです(ただ、こちらの見方については、なんとなく女性はものを言う能力、自分で何かを考えて決める能力などないようにとらえているようにも感じられるのですが)。全体を通してみると、本書はカルージュ、マルグリットによるル・グリ告発について、どちらかという訴えは正当ととらえているように感じます。もっとも本書で登場するル・グリの弁護士がいうように「ことの真相は、ほんとうのところ、闇の中だ」としか言えないのでしょう。

過剰なまでに暴力的でありかつ状況が見えていないようなところがカルージュの振る舞いにはみられますし、マルグリットとの結婚についても正直な所財産目当てであり、彼女へのあつかいについても彼女の意思など考慮していない振舞い(ル・グリとの和解の場で酔った勢いとはいえ妻にキスを命じると言うのはどうなのだろうかと)もみられます。暴力的かつ打算的な振舞いが随所に目立つカルージュですが、妻に虚偽の告発をさせたとは少々考えにくいです。そもそも訴えても決闘裁判自体が行なわれる確率が低い(実際、これ以前に幾度となくあった決闘裁判の申立ては大抵受けてもらえていません)、さらに決闘裁判で敗れた場合、彼はもちろん妻も巻き込み、一族も恥辱にまみれることになる。これまで幾度となく裁判沙汰をおこしそのたびに敗れた彼とて、この件で下手に告発して失敗した場合のリスクは考えるのではないかと思われますし、実際、マルグリットから話を聞いたあと、カルージュは一族を集め対応を協議し、そのうえで王に訴え出る事を選択しています。

また、この件が真相はどうなのかはさておき、カルージュとマルグリットの関係性には興味が湧いて来ます。結婚当初はそもそも財産目当てというところもあったようですが(しかし望んでいた土地がこともあろうに主君がル・グリに与えてしまっていたことが問題をややこしくしていきますが)、カルージュのマルグリットの親族への関わりをみていると(マルグリットの従兄弟を従騎士として遠征にも連れて行きます)、結婚して跡継ぎはなかなか生まれないけれど二人の関係はそれほど悪くはなかったようにも見えてきます。

そして、この2人の関係をさらに強めていったのは、この事件だったのではないかと言う気がしてなりません。今以上に女性に対する制約がきつく名誉と恥辱というものが大きな意味を持たされている時代において、この事件の様な事例においては泣き寝入りを余儀無くされる(現代もそういうところはあり、周りからさらに詮索されおもしろおかしく話を流され傷ついていくことになります)、それでも正面切って告発することにしたマルグリットと、いろいろな現実的な事情がからむにせよ彼女の話を聴いたうえで最終的にそれを支持したカルージュ、このような振る舞いはなかなかできることではないでしょう。なお、マルグリットは事件の詳細を可能な限り正確に記録し(文字を書けたかは不明であり、記憶した可能性も高いようです)、カルージュや親族に正確に伝え、証言を用意し、度重なる審問でも全く揺らぐことなく証言を行っています。彼女自身の精神力の強さも感じられました。

訴え出れば好奇の目に晒されるうえに恥辱に塗れ傷つくこともありうるがそれでも訴ることを選んだ妻と、そのような妻を最終的には支持し、決闘裁判により自らの命も賭して名誉を守ろうとする夫、この本で描かれている事が妥当ならば、この夫婦の間の信頼関係は相当強固なものだったのかもしれないと読んでいて思いました。損得勘定だけでここまでのことを行なうのは難しいのではないでしょうか。

金原保夫「トラキアの考古学」同成社

古代ギリシアマケドニアの歴史をあつかっていると、トラキアおよびトラキア人という用語はよく登場します。現在のブルガリアを中心に勢力を持っていた集団ですが、彼らについて日本語でまとまって読める文献というのはこれまで少なく、あるとすると展覧会図録かディアナ・ゲルゴヴァ「ゲタイ族と黄金遺宝」愛育社という状況でした。どちらも入手がなかなか難しい状況だと思われます。

そんななか、世界の考古学のシリーズを刊行している同成社から、トラキアを扱った一冊が刊行されました。タイトルは考古学ですが、青銅器時代や初期鉄器時代トラキアの遺跡や遺物、そしてトラキア人の分布とその移動といったことから、トラキア人の諸国の中で特に強大だったオドリュサイ王国の興亡、ヘレニズム時代、ローマ支配下トラキア、そしてトラキア人が歴史の表舞台から消えていくまでと、トラキア的要素のその後、現代への影響まで、幅広く扱っています。

前半ではトラキアの通史的な内容を、考古学資料および文献史料をもちいながらまとめています。新石器時代から語り始め、金石併用(銅石器時代)、青銅器時代から初期鉄器時代までを扱う第1章、トラキア諸族のなかで國を作り、ギリシア世界やマケドニアとも深い関わりがあったオドリュサイ王国の時代、マケドニアによる征服から後のヘレニズム時代、そしてローマの属州となってからあと、トラキア人たちが歴史の表舞台から消えていく7世紀頃まで通史としてまとめられています。

新石器時代青銅器時代、初期鉄器時代を扱った章は考古学資料をもとにまとめられ、トラキアで一時集落が途絶する移行期について、遊牧民の侵入や気候変動、社会構造の変化が想定されているということが紹介され、オドリュサイ王国時代以降の話はおもにヘロドトスやトゥキュディデス、ストラボンなど文献をもとに書かれている部分が多くなります。トラキア人たちがどのような歴史を歩んだのかをまとめて理解する上で、導入的な意味がある部分だろうと思います。バスタルナエ人はゲルマン系ではないかと思うのですが、全体として、トラキア人の歩みを知る上で有益な箇所です。

そして、本書のメインとなるのは後半のテーマ-別のパートです。通史的な部分ではオドリュサイ王国以降の内容については、ロゴゼン遺宝やセウトポリス遺跡の話、ケルト系の要素の遺物くらいがふれられる程度でしたが、こちらでは考古学の成果がふんだんに盛り込まれています。内容は社会経済に関すること、トラキアの軍事行動について、トラキア人の宗教、そして物質文化などが多くの発掘成果をもとに語られていきます。

テーマ別パートの内容は多岐に当たり非常に豊富であり、すべてを触れることは困難なため、具体的な事柄はいくつかの物に絞りますが、金銀豊富かつさまざまな「トラキア遺宝」にみられるトラキア人の物質文化の豊富さ、独自の精神世界、周辺地域との関わりについてよくわかる内容だと思いました。

例えば、署名入りの壁画にかかれたことや墓のつくりなどからマケドニアからの影響が窺える時期があったりすることがわかります。また、トラキア人の宗教や聖域・聖所、古墳などの墓のつくりや死者を弔う葬送儀礼についてのことについてもまとまった記述があり、彼らがどのような神々を信じ、どのような観念を持っていたのかといったことの一端がわかるようになっています。さらに発掘で見つかる武器や防具、馬具、古典史料をもとにしてトラキアの軍事に関して話が進められています。トラキア人はギリシア人やマケドニアと戦いを繰り広げていましたが、それについてもだいぶイメージがしやすくなると思います。

彼らの文化にかんしては、馬に関わるものが非常に多いという印象を受けました。馬に乗って戦うトラキア人戦士の図像、遺跡から発見される馬具、騎馬戦士の姿で描かれる「へロス」像、豪華な馬具や戦車飾りとともに墓に陪葬される馬、葬礼の場での馬術競技や戦車競技、神の馬としての白馬への信仰など、馬がトラキア人の世界において軍事的にも宗教的にも重要な存在であるということがよくわかる内容であり、非常に面白く読めるところだと思います。

そのほか、自らの文字は持たないがギリシア文字などをつかって書き残したものが存在すること、歴史の表舞台から消えた後もトラキア的要素が現地の文化の中に息づいていることなどが示されています。

本書はトラキアについてわかることを一般向けにわかりやすくまとめた一冊としてお勧めしていいと思います。トラキア人というとギリシア世界の辺境、遅れた異民族という印象が強い集団ですが、彼らが豊かな物質文化とともに独自の社会を作り上げていたことがわかるとおもいます。細かいところで、バスタルナエ人はトラキア系ではなくゲルマン系ではないかという疑問はありますが、ギリシア世界の隣人であり交流と衝突を繰り返した集団の歴史を知る上で役に立つと思います。

森三樹三郎「梁の武帝 仏教王朝の悲劇」法蔵館(法蔵館文庫)

中国の南北朝時代の歴史を学ぶとき、南朝というと東晋以下宋斉梁陳という王朝が続き、貴族たちの力が強いということや貴族が担い手となる六朝文化といったことを習います。そのなかで、梁の武帝というと世界史用語的にはまず出てこない人物ですが(『文選』で有名な昭明太子の父親と言うことで話の流れで触れることはあるやもしれません)、梁の安定と繁栄の時代を築き、文化の保護者としてふるまい、のちには仏教を深く信仰した皇帝ということで知られています。

本書は南朝の梁の創業者にして事実上の亡国の君主となった武帝の生涯をあつかい、南朝の時代の政治や文化についての流れの中でそれを位置づけていく一冊です。漢(とくに後漢)の時代から魏晋、そして宋斉梁陳にいたる歴史の流れにいて、漢で漢学となった儒学だけでなく老荘思想(玄学)、文学、さらには史学までをふくめた諸学術の動向と、武帝個人に関することが組み合わさりながら話が展開していきます。単なる武帝一代記ではない、中国の学術の歩みと絡めた歴史が描かれています。

政治の時代であり国家の学問である儒学が重視された漢と比べ、魏や晋、その後の南朝では儒学以外の学問がかなり活発になり、文化・芸術・宗教の時代へと移行した時期でした。そのような時期に登場し、皇帝となった武帝個人も文人としての素養に恵まれ、儒学老荘思想(玄学)、史学、文学といったこの時代の学術にかなり深く関わっている様子が一章を使って描かれています。おおくが文学至上に流れる中で武帝はこれらの調和を重視したが、経国済民の精神を失った当時の儒教、孤高の精神を失った玄学、その妥協の上に成り立った調和に満足できなくなったとき、武帝が選んだのが仏教であったというのが著者の見立てです。護国の手段として仏教を利用する鎮護国家的路線ではなく自らが篤く信仰する仏教に基づく政治をすすめるという路線をとったことが、結果として武帝の悲劇的な最後、ひいては梁の滅亡につながっていくということになるようです。

また、寒門出身の皇帝が権力を振るい恐怖政治的な状況が生じていた宋や斉の時代とくらべ、武帝の梁は安定と繁栄を享受し、文化が栄えました。安定をもたらしたのは武帝の寛容仁慈の君主としての姿勢の影響も大きいようです。寒門出身の人間を重く用い、権力を集中し、従わぬ者に対しては苛烈な対応を辞さず、それ故か王朝交代に伴い悲劇が生じてきた宋斉と比べ、梁はその点では比較的平和です。そして寛容仁慈の政治もまた仏教的理念の影響が強く、本書では武帝の政治は仏教的理念に基づいて行われるようになっていったのではないかと見ています。しかし、武帝の寛容仁慈に潜む問題も指摘しており、寛容仁慈の対象から庶民は外れていることや、寛容仁慈が弛緩・放縦、子弟間の不和をまねいたといったことがあげられています。厳しく締めるべきところを締めない甘い対応の積み重ねが結果として梁滅亡につながったというところでしょうか。

儒教と仏教、儒教老荘思想にせよ、相容れない部分がある思想や宗教の間で調和をとっていくという南朝教養人の在り方をみていると、全く異なるものの調和とバランスを取る上では、あまり深入りしない、根本的なところまで掘り下げて考えない、それが実は肝要であるように見えてきます。本書を読んでいると、武帝の悲劇的な最後と梁の滅亡は避け難いものだったかのように見えてきますが、何かに真摯に向き合い深く探究する姿勢と現実と折り合いをつけていくことははたして両立するのか、するとしても相当な困難を伴うのでは無いかという気がします。

原書がでてから長い年月が経っており、その間に研究もさらに進展しています。いくつかの点では乗り越えられているところもあるのかもしれません(例えば武帝の捨身について、河上麻由子「古代日中関係史」では高度な政治的行為として見ています)。そういった点があるにせよ、面白く読める本だと思います。「侯景の乱始末記」とあわせて読むとさらに面白いのでは無いでしょうか。

9月の読書

9月になりました。あっという間ですね。
9月はこんな本を読んでいます。

阿部拓児「アケメネス朝ペルシア」中央公論新社中公新書):読了
伊藤俊一「荘園」中央公論新社中公新書):読了
エリック・ジェイガー「最後の決闘裁判」早川書房(ハヤカワ文庫NF):読了
金原保夫「トラキアの考古学」同成社:読了
森三樹三郎「梁の武帝法蔵館(法蔵館文庫):読了
オーランド・ファイジズ「ナターシャの踊り(下)」白水社:読了

 

森山光太郎「隷王戦記2 カイクバードの裁定」早川書房(ハヤカワ文庫)

早川書房からこの春だされた「隷王戦記」、全3巻構成(予定)の第1巻では主人公カイエン・フルースィーヤが一敗地にまみれ、すべてを失ったところから再起し、バアルベクの新太守マイや仲間達と新たな目標に向けて歩み出すところで終わりました。それから1年半が過ぎたところが舞台となっています。カイエン、マイの先代以来の宿敵シャルージに加勢する7都市の連合軍を相手にどのように戦うのか。

それに加え、セントロ最強の呼び声も高いカイクバード侯がいます。圧倒的な武勇と武力で他をねじ伏せ、「軍神」とも形容されるカイクバード侯ですが、更に厄介なことに彼の息子と娘が「背教者」の能力を持つという、存在自体が反則としかいえない勢力です。彼もまたエルジャムカにどう相対すべきか考え、そして急速に勢力を拡大するバアルベクの支柱であり「背教者」の能力を持つカイエンに対し色々と考えるところがあるようです。カイクバード侯の英雄に関する問いかけにカイエンはどう答えるのか。

さらに、エルジャムカがオクシデント制圧にも乗り出し、アルディエル・オルグゥ率いる軍勢が送り込まれます。彼の元には2人の能力者(そのうち1人はカイエンの想い人フラン・シャール)という圧倒的な力があり、それを背景にオクシデントを制圧していきます。そうなるとカイエンたちは東西両面に敵を抱えることなりますが、果たして乗り切ることができるのか。

さまざまな情勢が動くなか、強大な力を継承したカイエンが太守マイや仲間とともに、東方(オリエント)を統一した覇者エルジャムカに対抗するために中央(セントロ)統一という目標に向けて動き、戦いを繰り広げるのがこの第2巻です。セントロ統一を目指すということで、バアルベクと同じような太守がいる諸国や上位の4諸侯(スルタン)との競合は避けられません。このような様々な勢力の思惑が交錯するセントロ統一に向けた戦いが、大規模な会戦から包囲戦まで色々な形で展開されているのがこの巻です。

基本的に数的不利ななか奮戦するカイエン率いるバアルベクの軍勢ですが、カイエンの右腕たらんと奮闘するバイリークは困難な包囲戦を戦い抜き、バイリークと共にカイエンに仕えるサンジャルとラージン麾下からカイエン麾下になったシェハーブは猛将として敵を蹴散らす、カイエンたちが別の場所で戦っている頃、大軍に攻められるバアルベクではマイを中心に敵の大軍の包囲に立ち向かう、その活躍ぶりが随所に描かれています。さらにこの巻でカイエンたちと馬を並べ戦う新たな仲間も登場しますが、彼等の力量を伺わせる活躍もしっかり描かれています。

そして、この巻では「背教者」「守護者」について色々と明らかになっていきます。人類、動物、鋼、火、水、大地、樹の7能力者がキャラクターとしては全て登場(能力について不明なものもいますし、守護者同士のバトルも発生します)、憤怒、怠惰、悲哀の背教者3人も全て姿を見せています。また背教者のほうは能力の継承が可能であることは1巻でも明らかですが、守護者については誰がどのように能力を持つのかはなかなかわからない(人の意思で継承できるものではない)というところが示されています。そして最強の「人類」の守護者の力に対抗するには背教者の力を合わせることが必要なようですが、どのようにしてそれを可能とするのか気になるところです(力の継承と同じようなやり方だと悲劇が発生してしまいますが、いかにそれを回避するのか)。

物語は終盤、序盤にカイクバード侯から英雄に関して問われたカイエンが出した答えに対してカイクバード侯が下した裁定、そして風雲急を告げる西方情勢がかかれ、大きく物語が展開しそうなところで終わっています。「(普通の人、守護者、背教者をとわず)人を救う」というカイエンの言葉は叶うのか。クライマックスの第3巻に向け、舞台は整ってきたというところでしょうか。分量は決して多くない(400ページくらい)ということですが、かなり絞り込んだ物語は読み応えも充分にあるのではないかと思います。

合間で、カイエンとマイのやりとりが挟み込まれていますが、若いながら途轍もない重圧に耐える2人が互いに支え合っているようで、戦闘メインの本巻においてはちょっと感じが変わるパートになっています。しかし、そんな2人の今後について途中で予告されてしまっているのですが、そのルートは回避できないのでしょうか。

井上文則「シルクロードとローマ帝国の興亡」文藝春秋(文春新書)

ユーラシア大陸の東西にローマ帝国漢帝国が形成された時代、ユーラシアの東西を結ぶシルクロード交易が展開されました(なお、本書ではシルクロードをアジアとヨーロッパ、あるいはアフリカを結んだユーラシア大陸の交易路の総称として用いています)。そこで展開された交易がローマ帝国の繁栄と衰退に影響を与えていたのではないかという視点からローマの興亡をまとめた一冊がでました。

まず、ローマのシルクロード交易が海路を中心とし、紅海、そしてインド洋をへてインドへ至る交易ルートがおもに用いられていたこと、シルクロード交易で扱われた輸出品・輸入品についてまとめられています。葡萄酒やガラス、そして珊瑚や金銀といったものがローマから輸出され、絹や胡椒、乳香・没薬が輸入されていたことがまとめられています。主なルートは紅海ルートですが、ペルシア湾を経由するルートもあり、ローマは主に紅海ルートを使っていたこと、このルートの安全確保にも力を入れていたことが示されています。

では、この交易がローマにどれだけの富をもたらしていたのか。これについて交易に伴う関税が輸出と輸入それぞれに対してかけられ、相当な額の収入をもたらしていたであろうことが、1980年に公刊されたムージリス・パピルスをもとに示されていきます。輸入と輸出でそれぞれ25パーセントもの関税がかけられ、それが帝国の収入となり、交易の活性化は国家収入の増加に直結するものであったことが示されます。なお、帝国の収入のどれくらいを関税が占めていたのかについて、推計ではありますが本書では5割近いという見解を提示しています。

交易と帝国の繁栄について、思考実験的な話題(小プリニウスと交易の関係)もまじえながらシルクロード交易の富が富裕層による恵与志向(エヴェルジェティズム)を通して直接的・間接的に都市の活性化、帝国の繁栄に寄与したということにふれたうえで、繁栄から衰退への転換を語る方向へと進んでいきます。ユーラシア大陸各地の情勢が不安定化するなかでシルクロード交易が衰退、3世紀半ばにはどん底の状態になっていくと見ています。ローマの場合は疫病の流行と戦争(ゲルマン人ササン朝)、そして軍人皇帝時代の危機的状況の影響が大きいと見ています。それに加えて、ササン朝海上進出やエチオピア高原に興ったアクスム王国の紅海進出もあったということが示されています。ササン朝海上交易進出について、ある程度纏まった記述が見られるのがありがたいです

交易の衰退にともない関税収入も減少、一方で軍事費の増大、さらにディオクレティアヌス帝以降の官僚の増大により財政が悪化、これに対応しようとした諸政策(新税導入など)による帝国民への負担増大、そして帝国の衰退と西ローマ帝国の滅亡という流れがまとめられていきます。交易による富がエヴェルジェティズムのもとで都市や国家に還元され、莫大な軍事費や異民族への年金をまかなう、こうしたことで支えられてきたローマ帝国の繁栄が維持困難になったということがあるようです。

商業活動に対する考え方が古代と現代では異なり、古代においては商業で財を成した人物がそのまま商業活動を続けるのでなく、獲得した富を土地獲得のためにもちい大土地所有者としてステータスを得るといったことに価値が置かれていたようです。社会の上層部たる元老院身分の人々は商業に自ら携わることはみとめられず、かれらは代理人を介し交易に関わっていました。商業はあくまで社会的上昇の途中でもちいられる活動のひとつではありましたが、それ自体が独立した活動として高く評価されていたというわけではないようです。こんな背景もあってか、シルクロード交易は失敗するリスクはそれなりに高い事業でしたが、利益がリスクに見合わないと判断された時にあっさりとローマ商人が手を引いていった(その空白を埋めたのがササン朝アクスム王国海上進出でした)のではないかという指摘はそういうところもあるなとおもわされるところがありました。

著者はローマ史研究者ですがなぜか中国史研究者宮崎市定の評伝を書いていたり、別の著作で随所に中国史に関する話を盛り込んでいたりと、ローマ以外の歴史にも関心を持っている様子は別の著作からも伺えました。今回の著作は宮崎市定漢帝国滅亡と黄金の流出を関連づけるというところからも着想を得たようで、序章で「黄金を軸としたユーラシア史」の可能性として、漢とローマが交易を通じて黄金を流出させ、それにより衰退したという仮説を提示しています。結論としては漢とローマはまったく違っており、序章で提示した「黄金を軸としたユーラシア史」という歴史像自体は成り立たないということを自らの手で示していきますが、作業仮説としては大いに役立ったのではないかと思います。

一般的には過去のテレビ番組などの影響もありオアシスの道の方のイメージが強い「シルクロード」という言葉を使っているため、海上交易の方のイメージが湧きにくいというところはあるだろうと思います(オアシスの道、海の道、草原の道というユーラシア東西を結ぶ交易路を表す広義の「シルクロード」という見方はあります)。しかし、ユーラシア大陸を舞台とする人やものの流れと帝国の興亡を関連づけて語り、ローマ帝国衰亡について新たな視点から捉え直そうという試みは非常に興味深いです。ローマの交易について、ひいては経済の観点からみたローマ帝国の歴史について、近年の研究成果を反映した一般書というのは貴重なので、この辺りのことに興味関心がある人は読んでみると面白いでしょう。

 

フィリップ・リーヴ(井辻朱美訳)「アーサー王ここに眠る」東京創元社

アーサー王伝説というと、これまでに色々な翻案がなされ、様々な媒体で描き出されていますし、それに触発された作品も色々とみられます。多くの人々の創作意欲をかき立てるということでは、非常に大きな影響力を持つ物語だとおもいます。

本書もまた、アーサー王伝説を題材とした物語ですが、普通のアーサー王の物語とは一寸違う角度から描かれています。始まりは騎馬の軍団の襲撃を受けた村から主人公グウィナが逃げていくところから始まります。命からがら逃げ延びた彼女を助けたのはアーサーの軍団と行動を共にする吟遊詩人ミルディン、彼は潜水や泳ぎが達者そうなグウィナにどこかの道具屋で入手してきた剣を持って湖に潜り、入ってきた男に水中から剣を差し出すように求めます。グウィナはそれをやり遂げ、そのことが彼女の運命に大きく影響を与えていくことになります。

虚構と現実に関する事柄が随所に散りばめんられた本書の主な内容として、「物語のもつ力」というのはあげやすいでしょう。ミルディンは有力な騎馬軍団指揮官程度のアーサーをブリタニア統一の旗頭にせんと、彼にまつわる様々なことを伝説化して語っていきます。アーサーとその軍勢がやっていることは野盗の群れとあまり変わらない、戦いといっても小競り合いレベル、肝心のアーサーは粗野でその所業はおよそ高潔とは言い難い人物です。

このアーサーの人物像および彼が関わったさまざまな出来事を伝説化し、各地でそれを語って広めていくのがミルディンの役割です。超人的な数々の伝説に彩られた英雄としてのアーサーの姿を広めることは味方の戦意高揚や他勢力の恭順によるブリテン統一を進めるうえで効果を発揮すると考え、さまざまな物語を作って広めていきます。その物語は実態を知っていたり仕掛けを知っている人達ですらも魅了する出来栄えだったようで(広間での巨人の話の場面はまさにそういう状況かと)、グウィナがミルディンに頼まれたことも、こうした「物語」をこさえるために必要な演出だったと言うわけです。

ただし、「物語」に全ての人が惹きつけられるわけでなく、その背後の真相、嘘偽りを見抜く人もいたりはします。ミルディンの「物語」を楽しそうに聴いているけれどそれを全く信じておらず、ミルディンの嘘を初めから見抜いているメールーワース王やアーサーと結婚するグウェニファーのような人も居ます。だれもが心地よい物語に酔いしれるわけではない、そこに「物語」により人心を束ねる事の限界も見て取れます。

また、ミルディンが立派な「物語」をこさえブリテン統一の旗頭として理想的な君主であるとみせようとしたところで、肝心のアーサーがそれに添わない行動をとっていたりもします。さらにグウェニファーと護衛の不倫、そしてアーサーの軍団の崩壊とアーサーの死まで続く物語の後半、「物語」の力では破滅へ向かう流れはもはやどうしようもないものとなっていきます。色々物事や人物を題材としたさまざまな麗しい「物語」が困難な時に語られることはありますが、それが悲惨な現実をなんとかしてくれるわけではないことは、昨今の情勢を経験したことで身に染みて感じる人が多いのではないでしょうか。

しかし、ミルディンから物語を引き継いだグウィナが語る物語は、ミルディンの物語とはまた違う力を持つようになったところがみられます。現実では非業の死を遂げた人たちにたいしても物語の中で居場所が与えられ、さらに生き残った人たちに対し何かしらの希望を与えられるようなものとなっています。グウィナの手によって死者の鎮魂、生者への希望、そんな役割を担う物語へとアーサーの物語が変貌し、こちらのヴァージョンのほうが人々に広まっていく、そんな感じを与える終わり方となっていました。物語の力の限界と希望、その両方を考えさせられる一冊だろうと思います。

その他、男女の性ということでも結構興味深い内容を含んでいるように感じました。主人公グウィナにかんするところでは、彼女の属性が男女の間を頻繁に行き来しているというところでしょうか。はじめはミルディンの指示により少年グウィンとしてアーサーの軍団の少年たちと行動を共にすることを求められ、やがて年を重ねそれが難しくなるとミルディンの間者としての任務も負わされつつグウェニファーの侍女グウィナとなります。しかし後半は自分の意思でグウィンになったりグウィナになったり、色々と入れ替わる場面が出てきます。それが、どちらが本当でどちらが嘘という感じでなく、男装の「グウィン」も女装の「グウィナ」もどちらも本当の自分となっている感じがします。

また、グウィナ以外にも性別関係で変わった立ち位置にいるのが、親から女の子として育てられ、やがてアーサーの軍団に男として加わるペレドゥルがいるでしょうか。女の子として育てられ、男であることを知った後は騎士に憧れアーサーの軍団に参加するも戦場の現実に心身ともに傷ついてしまい、グウィナにより助けられ最後はその伴侶として旅立つという人物ですが、グウィナ同様、その人物像のあり方を考えると色々と興味深いことがわかりそうな人物です。グウィナが女性でもあり男性でもあるとするなら、ペレドゥルは女性でもなく男性でもない、そのようなタイプなのでしょうか。既存の男女の観念を揺さぶられるところもあるかなと思いますがどうでしょうか。