まずはこの辺は読んでみよう

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籾山明「増補版 漢帝国と辺境社会」志学社

漢帝国匈奴の抗争の最前線となったエリアから、漢代の木簡が多数出土しています。そこには長城付近というフロンティアで暮らす人々の姿がうかがい知れる内容が記録されていました。そうした木簡や遺跡をもとにして、漢帝国の辺境支配の様子を描き出していったのが本書です。

志学社より、かつて出版された中国史の書籍で、これは特に薦めたいと判断したものを内容をさらに追加して出された本がいくつかあります(以前このブログでも感想を書いた「侯景の乱始末記」もそうです)。本書はもともとは中公新書で出された一冊ですが、最終章を追加したかたちでだされました。

前漢武帝の時代に、激しい戦いの末に匈奴を追いやって漢が河西回廊を確保します。では、漢は辺境をどのように守ろうとしたのか。辺境の防備のため、見張り台や砦、長城を整備し、辺境の軍事組織を整備します。そしてこの辺境防衛のシステムを支えるために兵士が配置され、役人たちが働いていたことも出土した木簡から描き出されていきます。辺境の兵卒たちの任務はパトロール、信号伝達、文書の伝達に雑用といったものであり、見張りが敵の侵入を察知したら、迎撃するための騎兵が投入され、砦には弩を持つ兵士たちが配備されました。そして兵士たちは訓練を受けていた様子もうかがえます。兵士と共に辺境防衛を支えた役人たちについての記述も豊富で、彼らがどのくらいの俸給をうけとっていたのか、勤務評定や昇進、文書伝達のプロセスといったものが描かれています。

本書を読むと、兵士や役人たちの業務だけでなく、人間関係やトラブルといった仕事とは別の事柄についても木簡などが伝えてくれることがわかります。役人同士で喧嘩となり刃傷沙汰に及んだ挙句逃亡したものがいたことや、酒がどうもトラブルに絡んでいたらしいといったことまで記録に残っています。また、金銭をめぐるトラブルが度々起きていたことも判明しています。さらに、辺境に家族を連れてきているものも相当いたようです。さらに、辺境で病気になることもありますがそれに関する記録まで存在しています。さらに現地で農耕をおこなっていたことも明らかになっています。辺境のオアシスを舞台に農耕を行いつつ匈奴に対する守りを務める、この任務を果たすことは相当困難なことだったとおもわれます。

このように豊富な内容を含む本書とともに、大庭修「木簡学入門」を読むと漢帝国の辺境支配のあり方について、理解しやすくなると思われます。決して暮らすのが楽ではない辺境地帯で暮らす子をと選んだ兵士や役人、その家族がどのように考えていたのか、これについては当時の史料を歪みの存在を念頭に置いた上で解釈を取りまとめて出すということになるでしょう。最終章では書記になることをめざす辺境の役人や軍人の話が登場していますが、これは今回増補版で補われたもののようです。

本書は出土した木簡や発掘により見つかった遺跡をもとに、漢帝国による辺境の支配のしくみとそこでクラス人々の様子が読みやすくまとめられていると思います。残されたわずかな史料をもとにして、ここまで辺境の防衛にあたる人々の社会の様子がわかりやすい一冊です。辺境防衛のために整備された仕組みをみると、帝国がいかにして広大な領土を安定的に支配しようとしていたのかがよくわかるのではないでしょうか。