まずはこの辺は読んでみよう

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フィリップ・リーヴ(井辻朱美訳)「アーサー王ここに眠る」東京創元社

アーサー王伝説というと、これまでに色々な翻案がなされ、様々な媒体で描き出されていますし、それに触発された作品も色々とみられます。多くの人々の創作意欲をかき立てるということでは、非常に大きな影響力を持つ物語だとおもいます。

本書もまた、アーサー王伝説を題材とした物語ですが、普通のアーサー王の物語とは一寸違う角度から描かれています。始まりは騎馬の軍団の襲撃を受けた村から主人公グウィナが逃げていくところから始まります。命からがら逃げ延びた彼女を助けたのはアーサーの軍団と行動を共にする吟遊詩人ミルディン、彼は潜水や泳ぎが達者そうなグウィナにどこかの道具屋で入手してきた剣を持って湖に潜り、入ってきた男に水中から剣を差し出すように求めます。グウィナはそれをやり遂げ、そのことが彼女の運命に大きく影響を与えていくことになります。

虚構と現実に関する事柄が随所に散りばめんられた本書の主な内容として、「物語のもつ力」というのはあげやすいでしょう。ミルディンは有力な騎馬軍団指揮官程度のアーサーをブリタニア統一の旗頭にせんと、彼にまつわる様々なことを伝説化して語っていきます。アーサーとその軍勢がやっていることは野盗の群れとあまり変わらない、戦いといっても小競り合いレベル、肝心のアーサーは粗野でその所業はおよそ高潔とは言い難い人物です。

このアーサーの人物像および彼が関わったさまざまな出来事を伝説化し、各地でそれを語って広めていくのがミルディンの役割です。超人的な数々の伝説に彩られた英雄としてのアーサーの姿を広めることは味方の戦意高揚や他勢力の恭順によるブリテン統一を進めるうえで効果を発揮すると考え、さまざまな物語を作って広めていきます。その物語は実態を知っていたり仕掛けを知っている人達ですらも魅了する出来栄えだったようで(広間での巨人の話の場面はまさにそういう状況かと)、グウィナがミルディンに頼まれたことも、こうした「物語」をこさえるために必要な演出だったと言うわけです。

ただし、「物語」に全ての人が惹きつけられるわけでなく、その背後の真相、嘘偽りを見抜く人もいたりはします。ミルディンの「物語」を楽しそうに聴いているけれどそれを全く信じておらず、ミルディンの嘘を初めから見抜いているメールーワース王やアーサーと結婚するグウェニファーのような人も居ます。だれもが心地よい物語に酔いしれるわけではない、そこに「物語」により人心を束ねる事の限界も見て取れます。

また、ミルディンが立派な「物語」をこさえブリテン統一の旗頭として理想的な君主であるとみせようとしたところで、肝心のアーサーがそれに添わない行動をとっていたりもします。さらにグウェニファーと護衛の不倫、そしてアーサーの軍団の崩壊とアーサーの死まで続く物語の後半、「物語」の力では破滅へ向かう流れはもはやどうしようもないものとなっていきます。色々物事や人物を題材としたさまざまな麗しい「物語」が困難な時に語られることはありますが、それが悲惨な現実をなんとかしてくれるわけではないことは、昨今の情勢を経験したことで身に染みて感じる人が多いのではないでしょうか。

しかし、ミルディンから物語を引き継いだグウィナが語る物語は、ミルディンの物語とはまた違う力を持つようになったところがみられます。現実では非業の死を遂げた人たちにたいしても物語の中で居場所が与えられ、さらに生き残った人たちに対し何かしらの希望を与えられるようなものとなっています。グウィナの手によって死者の鎮魂、生者への希望、そんな役割を担う物語へとアーサーの物語が変貌し、こちらのヴァージョンのほうが人々に広まっていく、そんな感じを与える終わり方となっていました。物語の力の限界と希望、その両方を考えさせられる一冊だろうと思います。

その他、男女の性ということでも結構興味深い内容を含んでいるように感じました。主人公グウィナにかんするところでは、彼女の属性が男女の間を頻繁に行き来しているというところでしょうか。はじめはミルディンの指示により少年グウィンとしてアーサーの軍団の少年たちと行動を共にすることを求められ、やがて年を重ねそれが難しくなるとミルディンの間者としての任務も負わされつつグウェニファーの侍女グウィナとなります。しかし後半は自分の意思でグウィンになったりグウィナになったり、色々と入れ替わる場面が出てきます。それが、どちらが本当でどちらが嘘という感じでなく、男装の「グウィン」も女装の「グウィナ」もどちらも本当の自分となっている感じがします。

また、グウィナ以外にも性別関係で変わった立ち位置にいるのが、親から女の子として育てられ、やがてアーサーの軍団に男として加わるペレドゥルがいるでしょうか。女の子として育てられ、男であることを知った後は騎士に憧れアーサーの軍団に参加するも戦場の現実に心身ともに傷ついてしまい、グウィナにより助けられ最後はその伴侶として旅立つという人物ですが、グウィナ同様、その人物像のあり方を考えると色々と興味深いことがわかりそうな人物です。グウィナが女性でもあり男性でもあるとするなら、ペレドゥルは女性でもなく男性でもない、そのようなタイプなのでしょうか。既存の男女の観念を揺さぶられるところもあるかなと思いますがどうでしょうか。