まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

ジュリアン・バーンズ(土屋政雄訳)「終わりの感覚」新潮社

主人公トニーの元に、見知らぬ弁護士より連絡があり、別れた恋人ベロニカの母親の遺言により、500ポンドと、若くして自殺した友人にして、ベロニカの次 の交際相手となったエイドリアンの日記が託されます。なぜ親友の日記が交際相手の母親の処にあるのか、トニーは記憶をたどりつつベロニカとコンタクトをと り、真相に迫ろうとしますが、たどり着いたところは予想外の結末でした…。

物語はトニーのこれまでの人生の光景が断片的に現れるシーンからスタートし、トニーが高校時代の自分達の中よしグループにあらたにエイドリアンが加わって いくところからはじまります。主人公など高校生たちも背伸びをしている感じが強く感じられるのですが、エイドリアンは単なる背伸びというよりも、かなり早 熟な感じのする若者です。若気の至りで調子に乗っているだけであれば、「歴史とは不完全な記憶と文書の不備から生まれる確信である」などと言う言葉はそう 簡単にはでてこないでしょう。

そして、エイドリアンが歴史について定義したこの言葉は、以後の物語の流れをこれほど良く表した物は無いと読み終えた後になってから思います。トニーが真 相を探ろうとしてベロニカに問い糾しても、彼女はほとんど語ることなく、断片的な情報を元に事の真相を推測するのですが、結論が出たと思った直後、予想だ にしない展開を見せることになります。そこに到る過程が実に巧みに書かれていて、読み始めてからちくちくと刺されるような感じで痛みを感じ、クライマック スですっきりするかと思いきや、思いっきりたたき落とされるわけで、うまいことしてやられたなあと言う読後感も残りました。

それとは別に、トニーはエイドリアンに矢鱈と手紙を送ったり、親しい友人であるというアピールをしているのですが、終盤にきて冷水をかけられるような事が 語られます。自分が誰かにとって特別だと思っていても、実は全くそんなことはなくどうでも良い存在だったと言うことを突きつけられるという、多くの人が経 験しているであろう事ではあります。自分のことを人がどう思っているのかなんて結局の処分からないわけですが、人生もすでに黄昏に入りつつある老人に突き つけるには少々酷な現実だったのではないでしょうか。

人が他人のことを「理解」するということはこれほどまでに難しく、真実に迫ることがこれほどまでに重く苦しいのかということを感じる一冊でした。真相はこ れだと断片的な状況から断定する主人公トニーの大学時代の専攻が歴史学だったり、自殺した友人エイドリアンの歴史の先生に対する突っ込みや歴史についての 定義から、この本そのものが歴史屋に対する痛烈な皮肉を感じてしまうのは気のせいでしょうか。既に【今年のベスト本】は選んでしまった後ですが、これも入 れたいなあと今になってから思います。