まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

ポリュビオス(城江良和訳)「歴史1〜4」京都大学学術出版会(西洋古典叢書)

古代ローマ史について勉強すると、ローマの国制について、混合政体という考え方が出てくることがあります。またギリシア人の歴史認識について政体循環論という考え方が取り上げられることがあります。

このような論の根拠としてとりあげられるのがポリュビオスの歴史書です。アカイア同盟の政治家としてローマが地中海世界を制覇していく時代をいき、のちに スキピオ家との興隆を持つようになりカルタゴ陥落の際には小スキピオとともにその場に立ち会った人物です。そんな彼が、ローマがなぜ地中海世界を制覇でき たのか、第1次ポエニ戦争クレオメネス戦争を前史とし、ハンニバルのローマとの戦いから話を説き起こし、アンティゴノス朝マケドニアの滅亡やカルタゴの 滅亡といったことまでを扱いながら論じているのが本書です。当初の構想ではマケドニア滅亡までの予定だったようですが、後でカルタゴ滅亡やコリントス破壊 までを扱うことにした様子が伺えます。

そして、地中海世界でローマが強大化していく過程を描くのですが、アフリカ、イタリア、ギリシア、アジアなど当時の人々の知りうる「世界」でどのような出 来事が展開していたのかを描き出していきます。一つの「世界史」として自分の著作を構想して描き出して行こうとしたことが伺えます。そしてその合間には政 治や軍事に関する彼自身の経験をもとにした論、歴史を描くということに関する彼自身の考えが展開されていきます。ローマの混合政体やローマ軍のしくみ、そ してマケドニア密集歩兵とローマ軍団兵の戦い方の違いと優劣、これまでの様々な歴史かの歴史叙述が事実に照らし合わせるとおかしい点が多々有るといった批 判などがもりこまれています。

古代ギリシア人の歴史記述というと、ヘロドトス、トゥキュディデスといったあたりは非常に有名です。ペルシア戦争の歴史を書くということで、様々な情報を 取捨選択しながらそれに関連する地域の歴史や民族、習慣にいたるまで様々なことを描き出したヘロドトスペロポネソス戦争の歴史を書くということで彼自身 の解釈に基づく構想をもとに、人間の真実に迫ろうとしたトゥキュディデス、彼らの作品は今に至るまで多くの人々に読まれています。

時代が下ると、様々な歴史家が登場しますが、上述の2人とちがい、作品はかなり断片的な形でしか残されていません。ある程度まとまった歴史記述が残ってい る人としては、ヘレニズム時代のポリュビオスの登場を待たねばならないようです。しかしポリュビオスの歴史書についてはのちの人々から文章がうまくないと いうことで評価があまり高くないところがあります。それゆえに早い段階から要約や摘要が作られる一方で原典は散逸してしまったということもあったのでしょ う。一方で、正確な事実へのこだわりと実地経験に裏打ちされた判断と洞察の必要性にもとづき実用性のある歴史書を書こうとした彼の執筆姿勢がうかがえる作 品です。

全体を読み通して見て、確かに時代が突然遡ってみたり、別の地域への転換がかなり頻繁にあることは読みづらいと思わせる要因ではあると思いますし、前言っ ていることとなんとなく違うんじゃないかなと思うところもないわけではありません。また、論理的一貫性がないという批判もあります。しかし、自分の経験と 照らし合わせて、こういうことは知っておいて欲しい、考えて欲しい、そう考えたことを可能な限り盛り込もうとしたためにかえって読みにくくなるというとこ ろに、なんとなく親近感を覚えるのは私だけでしょうか。

そして、政治に携わる人間にとり、彼を支える人々の存在がいろいろと影響を与えることや、どんなに最善を尽くしたとしてもうまくいかないことはあり、その ような状況でどのように振舞うべきなのかといった、政治に関わる人間であれば絶対に直面する状況を考えるための材料がいろいろと提供されています。本書ではハンニ バルやフィリッポス5世などの指導者についての叙述がかなり多くなっていますが、本書を実用性のある歴史書としようと考えた場合、実際の指導者たちの業績 から学ぶことが多いと考えたためでしょうか。実務家による、その道を志望するものに向けて書かれた手引書、そういう感じの作品ではないかなと思います。