まずはこの辺は読んでみよう

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アリステア・マクラウド(中野恵津子訳)「彼方なる歌に耳を澄ませよ」新潮社

「灰色の輝ける贈り物」のアリステア・マクラウドは非常に寡作な作家ですが、その中で唯一の長編が本書です。ケープ・ブレトン島に暮らす人々、そこを離れ た人々を題材にした短編が多い彼の長編作は、やはりケープ・ブレトン島を中心とし、そこに生きる人々とそこから離れた人(主人公は現在トロントで歯科医を しています。主人公の妹も島を離れているようです)の物語となっています。

しかし、この長編では、18世紀にスコットランドのハイランドからケープ・ブレトン島へ移住してきた赤毛のキャラム・ルーアとその子孫たちの中で紡がれて きた物語が扱われています。それとともに、イングランドからの独立を勝ち取ったバノックバーンの戦いや、ジャコバイトの反乱とグレンコーの虐殺、プリン ス・ボニー・チャーリーの上陸と敗北、イギリスのカナダ支配を決定付けたアブラハム平原の戦いなどのスコットランドおよびハイランドの歴史が幾度となく繰 り返されていきます。

また、一族の物語も、単純に時代の順番に流れていくという形ではなく、以前かたられたことがよそでもまた繰り返されてかたられていきます。主人公は毎週土 曜日、高速道路を片道400キロ走り、かつては鉱山で働いていたが今はアルコール中毒になってしまっている兄の元を訪問しています。なぜそのようなことを しているのか、冒頭の感じでは歯科医として成功している弟が何かしらの負い目を感じているゆえの行動なのかとも思うのですが、最後まで読むと、兄に対する 弟の思いはそういうものではないということが伝わってきます。

厳しい自然のなかでの暮らし、坑夫としての過酷な労働など、キャラム・ルーアの一族は困難にさらされることは多いのですが、一族が協力しながら乗り越えて いこうとしています。鉱山での労働の場面を見ると、キャラム・ルーアの一族で一つの「チーム」を組んで労働し、人手が足りなくなれば、遠くにいる一族のだ れかが補充するためにやってくるという具合です。このあたり、「血は水よりも濃し」という言葉が思い浮かびます。そして、言葉や文化は世代を超え、そして 国境も越えて共有されていることも伝わってきます(妹がスコットランドに行った時の話を参照)。

200年にわたる一族の歴史の語りにおいては、当然死に関する事柄も多く語られています。主人公の父母、兄、親戚、そして兄の運命に大きな影響をあたえる ある死(一族ではないですが)、多くの人々の死を積み重ねながらも、一族の歴史は続き、時代へと引き継がれていきます。原題のNo Great Mischief(大した損失ではない)という言葉をみると、一人一人の人間にとっては、NoとGreat Mischiefの間に切れ目が入るようにも思いますが、一族の歴史が今後も絶えることなく引き継がれるという点であっているとおもいます。