まずはこの辺は読んでみよう

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ケン・リュウ( 古沢嘉通訳)「 蒲公英(ダンデライオン)王朝記 巻ノ二: 囚われの王狼」早川書房

ケン・リュウ項羽と劉邦の話を土台として作り上げたSFシリーズの2巻目がでました。前回はシリーズ1冊目の半分ということで、この先にどうなるのかは まだわからない状態で話が終わり、時間を待てという展開で終わりましたが、この間ではどのような展開になっているのでしょうか。

前の巻の終盤で始まったクニ・ガルとマタ・ジンドゥの帝国との戦いそのものは、この巻のかなり早い段階で決着がつきます。マタ・ジンドゥのほうは帝国軍主 力との戦いに次ぐ戦いの果て、鬼神のごとき強さを見せ、ついに背水の陣を敷いて敵の大軍を打ち破る一方、クニ・ガルのほうは神獣も利用した奇策による帝都 への侵攻を成功させ、皇帝を捕えることに成功します。

しかし、先に帝都に入ったクニの対応がちょっとした行き違いを生み、それに対してマタが激怒、クニはマタのもとに謝罪へ向かうことに。しかしそこで命の危 険にさらされます。結局助かったものの、帝都へ入ったマタは皇帝を殺害し、略奪を行うなど暴虐三昧、そして自ら覇王となり、諸将を各地の王として封じ、ク ニは僻地へと追いやられます。しかし、クニのもとには様々な人材が集まり、やがてマタに対し反撃に転じていくのです。

結末については、本書が項羽と劉邦の物語を下敷きにしていることから、すぐに結末がわかってしまう人のほうが多いのではないかと思います。読んでいて興味 深かったことなどを幾つか挙げていくと、まず、一族の復習を胸に生きるマタは色々な意味で過去に生きている男であるというところでしょうか。覇王となった マタのやったことはかつてのやり方を踏襲したものであり、王や貴族はかくあるべしという通念にかなり縛られています(それゆえにかつての六国の王たちが王 らしくないと思い、領土分配にもそれが反映されていくことになりますが)。

一方、僻地に追いやられたクニは未来に生きる人物といってもよいかとおみます。暴君扱いされるマピデレ皇帝についても一つの統一世界を作るための努力は施 策は評価していますし、反撃態勢をとるにあたり、マタのもとで疎んじられた人々や、当時の社会ではどうしても受け入れられない新しいアイデアを持つ人々、 そして当時の社会では重く用いられていない女性をも登用していきます(それについては妻ジアの助言がありました)。クニに女性登用を進言したジア、そして そもそもジアに政治へ関わることを勧めた家政婦ソウト(この人も実は訳ありの人です)をはじめ、クニの2人目の妻となるリサナは不思議な術を使うとともに クニに何かしら助言もできる存在となっています。そして、クニの軍では女性も兵士として用いられるようになっていきます。

1巻ではマタとフィン・ジンドゥに対する離間の計を、アム王国のために行うことを選んだ悲劇の王女キコウミ(祖国にたいする思いをキンドゥ・マラナにうま く利用されてしまった感はありますが)がいましたが、それ以上に2巻目では女性陣の活躍が目立ってきます。上述の3人以外にも、マタのそばでは彼のことを 理解できる数少ない人物としてミラがいますし、本書の3人目の主人公といってもよいクニ軍の元帥ギンもまた女性だったりします。社会の中で主流になれな かった人々や、女性に光をあて、物語の舞台で輝かせるというところは、今という時代を反映しているように思います。また、本書では根っからの悪党、悪人と いった人はいませんが(趙高にあたる人物にも、それをするだけの理由や背景があたえられています)、これは著者の人間に対する眼差しがそうさせているので しょう。

また、本書を読んでいると、やはり司馬遷史記」の語りのうまさ、一つの物語として歴史を描き出す能力の凄さを改めて感じます。現代的な視点を盛り込み、 なおかつ人物描写についても単純に善悪で分けないという感じに描き方にアレンジが加えられていても、元となる物語自体の面白さはそこなわれていないとおも います。逆にそこを物足りないと感じる人もいると思います。もっと元の題材を超える何かが欲しいという人は間違いなくいるだろうと、読み終わった後に感じ ました。そういう点でいうと、あとがきにでてくる第2部のあらすじを読むと、第2部にはかなり期待が持てそうです。一方で、この後悲劇的な運命を迎えそう な人たちもみられます。特に、ギンの物語についてはこの巻での活躍がまばゆいからこそ、この後の影が非常に濃くなりそうな予感がします。