まずはこの辺は読んでみよう

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フィリップ・マティザック(高畠純夫監訳、安原和見訳)「古代ギリシア人の24時間 よみがえる栄光のアテネ」河出書房新社

時代はペロポネソス戦争時代、ニキアスの平和のもとつかの間の平穏を取り戻したアテネにおいて、当時の人々がどのような暮らしを送っていたのか。市井の人々の暮らしぶりを描いていきます。設定として、1日を1時間ごとに区切って章を構成し、各章1人の主人公を配置して、当時のアテネの様子を物語っていきます。

登場する人々はいろいろですが、古代ギリシアの有名人を脇に配しつつ主人公は一般人という設定が取られているようです。史料から分かる事柄をベースにしつつ、物語を創作しながら古代アテネのある一日と当時のアテネがどのようなポリスだったのか、その町の様子から社会,政治のありかたを描いています。

扱われる場面は色々で、パルテノン神殿のアテナ像をみたいがために故郷を離れアテネに渡りメトイコイとして生きる者、アカデメイアレスリング教師、医者など様々な人の活動の様子が活き活きと描かれています。この時代のアテネが様々なところから人々が集まり、活気あり栄えていた言う感じが伝わる話が見受けられました。そして、奴隷や在留外国人といった人々の存在がアテネ社会でかなり重要であることもうかがえます。

また、アテネの覇権志向の犠牲者となったメロスやミュティレネの人々がラウレイオン銀山で働かされる場面、民主政やアテネに数多くいる奴隷や在留外国人にたいし複雑な感情を抱く評議会員が集まる場でシケリア遠征の実施について話し合われる場面、しくじって国外追放にあったトゥキュディデスに艦隊の指揮艦が執筆材料を提供しに行く場面など、この時代、アテネを取り巻く状況をうかがい知ることが出来る話も盛りこまれています。

また、男性だけでなく女性の話もみられます。主人の作品も理解し、あまつさえ妻の座も狙ってみようという感じのアリストパネス宅の女奴隷だけでなく、夫の留守中にえらい良いところの若者(なんとなくアルキビアデスを想像させる)との逢い引きを行った妻、アスパシアの元で修行するヘタイラ、商魂たくましいアゴラの魚商人、女魔術師、そしてクサンティッペ等が登場します。アテネの社会は男性だけでなく女性によっても成り立っている以上、当時の女性たちの活動についても言及することは必要でしょう。

そして、所々でギリシア世界の有名人達の姿も垣間見ることが出来ます。建築現場の事故で急遽足切断の緊急オペをおこなうことになったヒポクラテスレスリング教師の扱いに不満そうな若き日のプラトン、騎兵隊訓練に参加しているクセノフォン、居酒屋でくだを巻くソフォクレスやヒッポダモス、アテネに波乱を巻き起こすアルキビアデス、そして本書の随所に現れ、終盤ではメインといっても良いソクラテスなど、多士済々です。

こういった有名人を所々に配置しつつ、市井の人々の暮らしぶりや政治や軍事の仕組みを物語調でがいていくのが本書です。創作部分も当然ありますが、史料を基に読みやすく書かれています。個人的に特に面白いと思ったのが、アテネにスパルタ側のスパイが潜入しており、宛年のシケリア遠征計画の情報をつかむのですが、実はニキアスが意図的に情報をつかませ、スパルタが戦争をしないように持って行こうとしていたという話です。無駄な戦争は避けたいという設定のニキアスならこういうことをしそうだなという感じがします。

本書は古代の史料や文献からうかがい知れることを著者が想像力を働かせて物語としてガキ出した本ですが、それについて、どこまでが確かなのか、壮でないのかと気になる人はいると思います。それらについて、監修者解説では所々本書について突っ込みが入れられており(冒頭に出てくる設定時期の問題とか)、実際の状況とどう違うか、それも少し分かるようになっています。時期の設定や登場人物の設定などで突っ込まれていますが、本書の価値は物語の形でアテネがこうであっただろうという姿を具体的に読みやすく描いたという所でしょう。

なお、監修者解説の一番最後に補足があり、衝撃的なことが書いてあります(そこ、誰も気づかなかったのか)。それが何なのか、是非最後まで読んで下さい。