まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

エドワード・ケアリー(古屋美登里訳)「望楼館追想」東京創元社(創元文芸文庫)

(1月に読んだ本ですが、感想を書くのが遅くなりました。)

かつては邸宅だったが、それが改造されてできた集合住宅の望楼館、そこには不思議な人々が住んでいました。人の言葉をわかるかどうかも怪しくなった犬のように生きる女性、ずっとテレビを見ていてそれをリアルと思っている女、涙と汗が止まらなくなった男、そしていつも白い手袋をしていろいろな物を集めて回り、隠し場所に陳列する主人公、皆なんとも奇妙であり、孤独であり(あまり人と接したがっている感じがない)、というところでしょうか。

この館の住人たちは皆、新しい者を受け入れたり変化すると言うことを好んでいないような感じも受けます。そんな人しかすんでいない集合住宅に新たな住人がやってきます。これにより、住人たちの過去が掘り起こされはじめ、変化が起こるのですが、、、。

新しい住人がやってくるまで、望楼館の住人たちは閉ざされた世界で生き、そこで完結しているような感じです。そして過去を掘り起こされた人々の中にはそれに耐えきれず命を絶つ者もいれば、現実に立ち返り館をさっていくものもいます。今まで眠っていたのが目覚めたり、突如として過去を語りだすものも現れます。そして主人公もまた新しい住人に反発しつつも心を動かされていく様子が伺えます。

閉ざされた世界で変化なく生きる、確かに心地よいところはあります。また、新しいものに触れる、現実を見る、これが結構堪えるということもあります。こんなことなら何もしなければよかったと思う状況は誰しも経験していることでしょう。しかし、何かを失う一方で、新たな何かを手に入れる、そう言うこともまたしばしば見られることです。本書の登場人物を見ていても、この変化に対応できず、命を落とすところまで行ってしまう者もいれば、新しい状況へ対応していく者もいます。

主人公については、彼はいろいろなことがわかってはいるが、非常に繊細というか余計なことを考えすぎなのか、そこから先にどうしても踏み出せず、今の状況から抜けられずにここまできた人と言う感じがします。なんとも難しいタイプの人ですが、極限状況になってはじめてそこから抜け出し、新たな生活に踏み出せたと言う感じで話が終わっていきます。

何かが終わり、何かが始まる、世の中のいろいろなところで見られる事柄を奇妙な登場人物をおおく並べながら描き出した、そんな物語のように感じながら読んでいました。そして、ある種のオタク的な気質を持つ人の心に突き刺さるものがあるかもしれないなとも思いました。変わりたくないと言うのはわかるけれども、変わらないといけない時はいつかやってくる、そう言う時にどう対応するのか、心の片隅に置いておくべきことかなと思っています。