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岸本廣大「古代ギリシアの連邦 ポリスを超えた共同体」京都大学学術出版会

古代ギリシアというとポリス、というイメージが政治単位については非常に強力です。しかし連邦のような組織も作られ、アカイア連邦、アイトリア連邦、ボイオティア連邦などギリシアの国際情勢に多大な影響を与えたものもあります。本書ではそういった連邦の構造について詳しく論ずるというわけではなく、ギリシア政治史においてエトノスからポリス、あるいは連邦へという発展段階論的なとらえかたではなく、古代ギリシアの共同体のありかたについて、重層的な共同体モデルというものを想定し、エトノス、ポリス、連邦が並立している状況にあったと言う捉え方を提示していきます。

第1部では古代ギリシアの連邦について、いくつかの点にしぼりながら分析していきます。ポリスと連邦の関係についてボイオティアの事例を参考に加盟ポリスの独立を連邦が侵害せざるをえない状況が発生することがあり、その状況を責め立てる手段として「アウトノミア」という言葉が使われていたということが明らかにされたり、市民権についてアイトリアの事例を調べて積極的に付与して勢力拡大に努めたり、付与に制限をかけることも状況によってあることを示したり、アカイアの事例から連邦を構成する共同体がポリスだけでなくエトノスへの配慮が公職の配分から見られることを示していきます。また、連邦加盟ポリスが内部あるいは外部でトラブルに見舞われた場合、紛争解決に際して連邦がどのように関わっていくのか、国際的な慣行を活用しつつ、状況により関わり方に強弱を付けていること、加盟ポリスにとってはトラブル解消のツールの一つが連邦であり、連邦が加盟ポリスの国際的慣習を利用しての交流を促進する役割を果たしていたことも示されています。

また、ローマの支配下に入った時代の連邦についても、政治的独立を失った連邦がどのように変わっていくのか、その役割はどうなったのかという所についても分析を加え、ギリシア人にとって連邦とはどういうものなのかと言うことを考えていきます。かつての制度をできるだけ維持しつつ、ローマの支配に適応し、過去の連邦を「伝統」として認識し、それとのつながりを名誉につながるとして肯定的に理解する、そしてローマもまた重層的な共同体モデルに組み込みうるものとして扱っていきます。ローマによる帝国支配を支えるものとして各地のローカルエリート層がありますが、帝国支配に協力するローカルエリート層が名誉を得る機会を増やすことで、ギリシアにおけるエリート層の成長、人材の育成と確保につながるということから、名誉獲得の機会となる儀礼的、宗教的活動に重きを置く当時の連邦はかなり重要なものとなっていたようです。

そして、古代ギリシアの連邦についてアメリカ合衆国成立期の憲法制定をめぐる言説で古代ギリシアの連邦がどのように扱われたのかをたどりながら、ギリシアの連邦が連邦国家になぞらえて理解されるようになったことを書き、そこからさらにEUの研究にも古代ギリシアの連邦についての研究を利用することが可能であると考えていきます。近代の連邦国家と結びつけて古代ギリシアの連邦を論じる認識が定着したのが連邦国家アメリカの成立過程と結びつくならば、そこから分離した形で古代ギリシアの連邦を捕らえ直すことでまた違う国家、共同体のあり方を理解する手がかりともなり得るというところでしょうか。

第1部では特定の連邦にしぼって事例を分析しているので、他の連邦ではそれぞれの事例についてどういうことが分かるのか、そこの所が気になりました。また、タイトルを見ると、古代ギリシアの連邦について、その構造や来歴などを詳しく分析した本と思うかもしれませんが、そういう方向の研究ではありません。それはまた別の書籍が必要になると思います。しかし、連邦、ポリス、エトノスが並立し重層的な共同体の構造をつくりあげているというモデルからギリシアの歴史をみていこうという、いままでのポリスの歴史を中心に据えたギリシアの歴史とはちがう歴史像を描いていこうという意欲が強く表れた著作です。は古代ギリシアの歴史を違う視点から捉え直そうという、作業の始まりにあたる位置づけになる本だと思うので、ここからさらに掘り下げていって得られた成果をいつか読みたいものです。