まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

ビアンカ・ピッツォルノ(中山エツコ訳)「ミシンの見る夢」河出書房新社

今では服は店で買って着るものと思う人が多いですが、布地を縫って服に仕立てることを仕事とする人たちがかつていました。そうした仕事に従事する女性は、住み込みであれ、通いであれ色々な家の仕事を引き受け、それと共にそれぞれの家の人たちともいろいろな関係を持つことがみられます。しかし、暮らす世界、階級の違い等のは厳然として存在していたようです。

物語の舞台は19世紀末のイタリア、主人公は祖母から裁縫を習い、やがて祖母と同じくお針子として生計を立てることになります。祖母が相当仕事を頑張ったようで、住むところもあり、やがて紆余曲折を経て文字も習って読めるようになる主人公が、お針子としての仕事をしながら、自分よりも上の階層に生きる人々の暮らしと、そこから立ち現れてくる社会の問題などに直面します。そして最終的に彼女自身が当時の社会の価値観と衝突することに、、、。

と、おおまかに本書の展開を簡単に覚えている範囲でまとめてみました。彼女の顧客として登場する女性たちは当時としてはかなり先進的な価値観を持っていたり、生まれ育った家故か高度な教育を受けることができたりする人がいる一方、社会的な規範や習慣、価値観の網の目のなかで色々と苦労しながらも生きている様子が描かれています。その描写を見ていると、現代の世界でもこれと同じようなことは起きているではないかと思うことが色々と出てきます。

印象に残った人としては、主人公が服を作りに行ったことが縁となり長きにわたり友情を育み、いろいろなことを語り合える仲の「侯爵夫人」エステルがいます。彼女は当時としては相当高度な教育を受ける機会に恵まれた人ですが、出産の際に聞いた夫の本音に激怒し家を飛び出し(そしてそれを父親も認める)、その後もかなり先進的かつ自分の意志を持って生きている様子が描かれています。物語終盤では父親のビール工場の経営を引き継ぎ、夫と対等な立場で経営にかかわっている様子も伺えます。

そのエステルの家庭教師をしていたこともあるアメリカ人女性「ミス」が登場するのですが、非常に先進的な考えをもつ「ミス」が、彼女の家で主人公の身に降りかかったトラブル(主人公は自力で難を逃れますが)に際しての彼女の対応は、ハラスメントにあった際になんとか穏便に収めようとしてついやってしまうことと非常に似ていると思いながら読みました。なお、彼女を主人公にした章はちょっとしたミステリーのような要素もありますが、世の真相というのはこういう形で葬り去られるものなのかなとおもうところがありました。なぜ彼女に長年使えた召使いがあんな対応を取ったのか、色々と想像してみたくなります。

本書では女性たちが悪戦苦闘しながら自分の足で歩む様子が見られる一方、男性陣を見ると正直これはダメだろうと思う人が多くみられます。エステルの最初の結婚相手だった侯爵は出産の際に本音を漏らし取り返しのつかない一撃となっています。また「ミス」の家にたびたびあわられる男爵はこの社会構造の中で何も問題視されることなく逃げ切って生きていくのだろうなという感じがする人物です。世間的に高い評価を得ており、素晴らしい人物とされる人々が、一皮めくると碌でもないという様子が主人公の目を通じて次々と描かれていきます。

そんな男性陣のなかでも個人的に極め付きのダメな人だと思うのは、第2章ででてくるある弁護士です。弁護士の夫人が「パリで流行りの衣装」を次々と取り寄せている姿を見せ、そういう話を流しているがその真相が明らかにされるという物語です。彼女が何故そんなことをしたのかといえば端的に言えば夫がケチであり、お金に関する決定権を一切持たせようとしないところに由来しているようです。そしてこれまでの色々が積み重なりパリの衣装をめぐるスキャンダルが発生するのですが、男たちが怒り出した原因も、もとをたどればそんなところで碌でも無いことをしていたと自白しているようなものでは無いかというものです。そこは責められず、女性の方だけ悪いかのように言われるのは、現代でもそういう状況は聞いたりするのですが、どうにかならないものでしょうか。なお、この章は女性にとっても決してハッピーな結末とはならないです。やはり金銭に関する感覚をきちんと養う機会というのは作らなくてはいけないでしょう。他人に生殺与奪の権を握らせるな、というところでしょうか。

そんな碌でも無い男が多く出てくるなか、まっとうな人物もいたりします。大学で工学を学ぶグイドと出会った主人公はどうやら恋に落ちてしまったようなのですが、実は彼の家が問題となり、さらにその家の女主人と主人公は対決を余儀なくされるという展開が見られます。この時の顛末を聞いたグイドの反応を見ると、こういう対応ができる人間でありたいと、ちょっと羨ましくかんじました。自分にそこまでの強さがあるかと言われると正直きついのですが、襟を正して生きていこうかなと思いました。主人公とグイドの結末はちょっと哀しく苦いものになりますが、、、。

19世紀末から現代までのイタリア社会と女性の関係を、お針子としていろいろな家で働く主人公の目を通して描き、その状況でもなんとか自立して生きていこうとする女性の姿が描かれており、非常におもしろく読めました。