まずはこの辺は読んでみよう

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森山光太郎「隷王戦記1 フルースィーヤの血盟」早川書房(ハヤカワ文庫)

ある歴史的世界をモデルにしたようなファンタジー、戦記ものというのは色々と存在しています。「十二国記」、「アルスラーン戦記」など、読んだことがある方も多いでしょう。そういった有名どころ以外にも数多くの作品が出され、後々にまで読み継がれるものもあれば、志なかばで終わっているものもあります。実際にそういう世界があると納得させられるような設定をきちんとしないと破綻する、かといって歴史の本を書いているわけでないので説明調の文章だけでつなぐのでなく、きちんと物語を作らないといけないなど、なかなか難しいジャンルのような気がします。

そんなジャンルに新たな作品が、文庫書き下ろしという形で登場しました。舞台となるのは東方世界(オリエント)、世界の中心(セントロ)、西方世界(オクシデント)に区分される世界。東方世界に牙の民を率いる覇者エルジャムカが現れ東方世界を統一し、さらに世界制覇を目指し征服活動を展開しはじめます。「牙の民」を統一したエルジャムカが牙を向けたのは30万の草原の民、降伏か滅亡を迫られた草原の民の次期族長は降ることを選び、彼の友にして剣士カイエンは覇者に対し戦いを挑むも敢えなく敗北、その後奴隷として流れ着いたのがセントロの砂漠に栄える都市バアルベクでした。

ここに流れ着いたカイエンは軍人奴隷として採用され、やがてバアルベクの姫の護衛となるのですが、バアルベクでは太守の座を狙う陰謀が計画、そして実行されることに。陰謀、そして戦いにカイエンも巻き込まれていきます。果たして彼はどうなるのか、、、。そして、争いが続く世界の中央をまとめねば東方の覇者には太刀打ちできない、その状況をどうやって乗り切るのか。

本書では、「守護者」と「背教者」という超常の力を持つものたちが登場しますが、その能力は圧倒的です。まずオリエントを統一した覇者エルジャムカは無敵の兵士を地上の命と引き換えに作り出す能力をもち、それによる圧倒的な兵力で次々と世界の征服を進めていきます。能力と引き換えに死ぬものは無作為・無差別であり、誰が死ぬかはわからないという、あまりにも大きな代償と引き換えにした能力です。

さらに彼以外にも能力を持つものがこの巻だけでも複数登場します。カイエンが流れ着いたバアルベク最強の戦士ラージン、そしてバアルベクと長年戦うシャルージにも数年前から強力な能力を持つ女戦士エフテラームがおり、彼らは文字通り一騎当千というに相応しい力をもち、それを戦闘において如何なく発揮している描写が後半で見られます。その能力の発現も非常に派手なものがありますし、反則レベルの強大な力が普通に使われています。ただ、エルジャムカの能力に代償がついてくるように、ほかの能力にもそれなりの代償があるのかもしれませんがそれは今後明らかになるのかもしれませんし、物語の展開にも関わるのかもしれません。

覇者に立ち向かい歯が立たず破れ、何もかも失ったカイエンがバアルベクで自らが何を為したいのか、なすべきなのかを改めて見出し、何かを継承していくところまでが描かれています。シリーズものの第1巻ということで前半は物語世界の状況説明や今後に向けた地ならしのようなところもありますが、後半のバアルベクとシャルージの戦いのあたりからテンポがよくなり、「守護者」と「背教者」の戦い、そして力の継承とその後はいきおいでぐいぐいと読ませる感じになっていきます。カイエンが新たな目標を見出し、再起を果たした頃、東方ではエルジャムカのもとで彼の友、かつての想い人がエルジャムカの血塗られた覇道を歩む様が描かれていますが、彼らがいつぶつかることになるのか。今後に期待を持たせる終わり方となっています。

予定を見ると全3巻構成で2021年のうちに完結する設定となっていますが、往々にしてこの手のシリーズ物にあるのが話が膨らみすぎ、どんどんと長くなり、気がつくとまとめようがなくなるという事態がおこることです。そうならぬよう、3巻できっちりとまとめてほしいところです。