まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

黒田基樹「今川のおんな家長 寿桂尼」平凡社

2017年の大河ドラマ「おんな城主直虎」において、主人公の直虎以上にインパクトを与えた人物をあげるとすると、今川家を支えた寿桂尼が挙げられるでしょうか。今川家を最後まで支え続け、主人公の最大の理解者でもありかつ厳しく恐ろしい一面を見せつけるという役どころで、その生き様は視聴者にかなりのインパクトを与えたのではないかと思います。

大河ドラマで今川家がでてくるとき、寿桂尼は必ずと言ってもいいほど登場し、今川義元を支える重要な存在という扱いになっていましたが、実際のところ彼女は今川家でどのような役割を果たしていたのかというと、はっきりしないところも多いようです。

本書は、そんな寿桂尼の評伝というかたちをとりながら、戦国大名の家において大名の妻がどのような役割を果たしていたのか、どのような権限を持って当主の執り行うべきことを妻が取り行ってきたのか、「おんな戦国大名」と俗に言われることがある寿桂尼の生涯をたどりながら解き明かそうとしています。

羽林家格の公家の家に生まれ、今川氏親に嫁いだ後、氏親が政務を取れなくなったときに彼の権限を代行するようになり、さらに氏親死後の我が子氏輝が跡を継いだ後も氏輝が政務を取れない時に当主の権限の一部を代行したことが示されていきます。俗に「おんな戦国大名」と呼ばれることもある寿桂尼ですが、彼女が代行していた権限はあくまで戦国大名の権限の一部であったということ、さらに彼女による決定が永続的なものでなく、その後男の当主による改めての保証が必要となるも示されています。この辺りは時代の限界というところでしょうか。

また、寿桂尼今川義元の関係についても、義元が妾腹の子であり、寿桂尼は彼を養子とすることで、義元は寿桂尼の子という扱いになったということも述べられています。ただ、寿桂尼は義元についてはかなり手をかけており、義元についてはかなり手厚く世話をしていた様子が伺えます。これについては、出家していた義元を今川家の支えとしようということも伺えます。なお、今川義元は花蔵の乱で勝利して今川家当主となりますが、花蔵の乱に際して寿桂尼がどちらの側についたのかで議論があります。近年、寿桂尼は義元の対抗馬の方を支持していたという見方が出されていることに対し、残された史料や状況から初めから義元支持であることを著者は述べていきます。

義元の時代になると、寿桂尼は当主義元への働きかけやその意向の伝達に関わっていたり、奥向きの事全般を取り仕切っていたりする様子がうかがえます。戦国時代の大名の奥向きの事柄についてはわからないことも多いようですが、それを明らかにしていく手がかりとして、寿桂尼と今川家の事例は非常に貴重な事例だということが伝わってくる内容だと思いました。

まだまだわからないところがおおい戦国時代における女性の役割、戦国大名の家における妻の役割など、現時点ではわからないことも多く、本書も寿桂尼というごく限られた事例についてあきらかにするにとどまります。ここで述べられたことがどの程度まで他の大名、公家などについても言えるのかは今後の課題というところでしょう。今後、この分野の研究がさらに進むことを願いたいものです。