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平山優「武田氏滅亡」KADOKAWA(角川選書)

数年前、「長篠合戦と武田勝頼」「検証 長篠合戦」において、史料をしっかりよみこみながら、近年の“通説”に対して検討を加えながら、長篠合戦の展開や、当時の軍制、織田と武田の違い、そして武田勝頼の苦闘を描いた著者による、武田氏滅亡までの歴史を扱った本が出ました。選書でありながら700ページを超える大著というのは、おそらく分冊にするよりこのほうが良いという判断があってのものと思います。

本書の構成としては、武田勝頼家督を継ぐまで、そして長篠合戦のあたりを簡潔にまとめ、そのあとは長篠合戦の痛手から国を立て直し、周辺諸国との外交関係を築いていこうとするも、思うようにうまくいかず、やがて滅亡へと至るまでの過程を描き出しています。

武田信玄の四男として生まれながら、一人だけ「信」の字をもたず、家督を継いだ諏訪氏のほうでも少々微妙な扱いだった武田勝頼が信玄が後継者となったのは武田家中での情勢の変化によります。そんな勝頼ですが、信玄死後の武田家を継いだとはいえ、様々な制約の下に置かれていたようであり、あの有名な孫子の旗も使えなかったなど、家中をまとめるのが困難な状態でのスタートだったことがよくわかります。

そして、長篠で大敗を喫した後の武田家をいかに立て直すのか、織田や徳川の構成をいかにしのぎ、武田の勢力を盛り返していくのか、困難な課題に対し勝頼が、新府城建築のような少々疑問の残ることもあるもののその時々で可能な限りの力を尽くしながら、それが必ずしもうまい方向に進んで行かず、ついに国衆たちの相次ぐ離反によりあえなく領国支配は瓦解、勝頼もその生涯を閉じることになる、その過程が非常に克明に描かれています。そこからは、勝頼個人の意思や能力だけでなく、彼を取り巻く様々な人々や状況が彼の行動を規定していたこともあきらかになってきます。

本書では武田家の駆使した当時の外交についても史料を駆使し詳しく描いていきます。長篠の後、武田勝頼は様々な勢力との同盟を結成してなんとかその時々の状況を乗り切ろうとしていますが、足利義昭が背後で動いて武田・北条・上杉の同盟を結成させようとしたということは衝撃的でした。もし、上杉謙信が自己都合を優先せず、この同盟が結成されて機能していたとしたら、日本の歴史はまた少し違う方向に行ったのでしょうか。

周辺との外交は武田のように四方を囲まれやすい大名にとっては必要不可欠ですが、外交の展開からも武田家の退潮ぶりがわかってきます。外交の同盟相手のレベルが武田家が傾いていく過程でどんどん下がっていき、最後の頃には房総の里見氏にもなにやら足元を見られているような状況になっています。そこまで武田の衰えがわかってしまうというのはなんとも物悲しい、寂しいものを感じさせます。

ここで違う選択をしていれば、武田家がこのような形で滅亡することはなかったのではないかと思うところも幾つかありますが、一方で織田信長の巧みな立ち回り、情報の活用といったことが武田滅亡の直前期には目に付きます。和睦交渉を結ぶつもりがなくとも時間稼ぎのためにそれを続ける、さらに城を攻め落としたことを強調し、武田に国土を防衛する能力がないことを喧伝する、そして武田を朝敵とすることで自分が正当な戦いを行っていることをアピールする、勝頼にはない巧みさが彼の外交や政治には見て取れます。

勝頼自身にも色々と問題はあったにせよ、彼の意思や能力だけでは如何ともしがたい大きな流れに抗いながら、それが叶わなかった「悲劇」の人として、どこかで誰かがドラマか映画にでもしてほしいと思いながら読み終わりました。そして、この分量が全く気にならずに一気に読み終わったということも書いておきたいと思います。