まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

イーライ・ブラウン(三角和代訳)「シナモンとガンパウダー」東京創元社

(本当は9月のお薦めにすべきだったのですが時間的に感想が間に合わず10月にしました)

時は1819年、イギリスのペンドルトン貿易会社の社長が海賊に襲撃されて死亡、社長の下で働いていた料理人は海賊団に連れ去られました。リーダーである、赤毛の女海賊団長から彼に対して出された指示は、週に一度自分のためにおいしい食事を出すこと、それができれば活かしてやるというものでした。まともな食材の入手が難しく、そして調理器具も不十分、そして衛生状態も最悪な海賊船で果たしてどのように料理を行うのか。

主人公は何度も船から脱走しようとしたり、結構小心者なところもある人物です。しかし、そんな彼が非常に厳しい条件の下、あの手この手を使いながら海賊団長を満足させる料理を作り出します。なんとか工夫してパンの発酵種や果実酒を作り出したり、手に入る食材、そして香辛料や調味料(乗組員にいた日本人から味噌、醤油まで確保しています)を巧みに使いながら、海賊団長を満足させる食事を作っていきます。本書は主人公の手記の形をとっていますが、主人公がこの状況をいかに乗り切っていくのか、その過程が面白いです。海賊船の状況に応じて新たな食材や調理器具が手に入り、主人公の料理環境も改善されるのですが、強力なアイテムを手に入れてレベルアップしていくような感じです。

一方、話が進むにつれてこの世界の様子が徐々に明らかになっていきます。時代は19世紀前半、イギリスがインドでアヘンを作り中国にそれを売ってもうけていた時代です。また、敵対勢力に対する私掠船行為も行われていた時代でした。ペンドルトン貿易もこの構造の中で利益を上げていましたし、その枠組みのなかで起きたこと、行われたことこそが、女海賊がペンドルトン貿易会社を狙う理由でもありました。このような自分の雇い主の知られざる一面を知り、それとともに主人公が生きていた世界に対する見方がひっくり返っていきます。自分が生きてきた世界で自分の知らない・手の届かないところで何が起きているのかをしり、自分の頭で考え、行動していく(でも足りないところもありますが。少なくとも大砲をいじらせてはいけない)、そのあたりから話が一気に加速していく感じを受けました。

主人公が毎週ディナーを出す相手となった女海賊もなかなか魅力的な存在です。海賊というその世界では危険かつ野蛮とされる存在だとは思いますが、一定の信念や見識を持ちあわせ、それ故にペンドルトン貿易会社に戦いを挑んでいます。ペンドルトン貿易会社が構築した世界を吹っ飛ばそうと言う彼女は当然相手に追われる存在ですし、彼女のことを恨みペンドルトン貿易会社に雇われているフランス人発明家は大いなる脅威となっています。彼が繰り出す新兵器は、まるでガンダムソーラレイシステムのようなものまででてきますが、そんな強大な相手にけんかを売るという姿勢は実に魅力的です。

主人公は彼女と出会い、交流する中で考え方が変わっていきますし、話が進む中で彼女もまた主人公との関わりが変わっていく、そして彼女を支える感じに主人公の立ち位置も変わっていきます。異なる世界に生きる二人が接する中で化学変化が起きたといった感じでしょうか。

女海賊の船の乗組員たちもなかなか個性的です。彼女の右腕である編み物が得意な屈強な海賊、拳法の達人である中国人の双子、これが料理とは言いがたい得体のしれない何かを作っている料理人、仕事ができているのか怪しい航海長、耳が聞こえないが非常に理解力もあり、途中からは主人公の右腕となって働く少年、魚釣りのうまい日本人の大工、海賊船の上は非常に多様な人々からなる世界となっています。

主人公は海賊船の世界にも徐々になじみ、彼女の戦いにも関わることになっていきます。料理の場面の印象が強い本書ですが冒険小説でもあります。海上での戦闘シーンもなかなかしっかり書いているように感じました。ペンドルトン貿易会社とそこに雇われた発明家におわれながら、「泥棒の王」と呼ばれる海賊を追いかける、そして世界を相手にした彼女の戦いの結末はいかに、このあたりは是非呼んでみてほしいところです。