まずはこの辺は読んでみよう

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坪井祐司「ラッフルズ」山川出版社(世界史リブレット人)

シンガポールの高級ホテルとして名高いラッフルズ・ホテル、その名の由来となったのはシンガポールの創設者として知られるラッフルズです。しかし、彼がどのような生涯を送ったのかと聞かれると答えに困る人が多いのではないでしょうか。イギリスの植民地建設に関わった人物ということで、東南アジア植民地化の先鞭を切ったとも言える人物なので、彼に対しネガティブなイメージがあると考える人もいるかもしれませんが、ホテルの名前に今の使い続けているところを見ると現在のシンガポールではそうでもないように見えます。

本書は、ムスリム商人や華人商人たちが行き交う東南アジアの海に西欧近代に現れた「自由」を旗印にこの地域に乗り込み、東南アジアでの「自由な」交易、領主の支配などから「自由な」世界、そういったものを目指してシンガポールを建設した1人の男の生涯をコンパクトにまとめています。東南アジアにおいて、実際に彼は様々な改革に取り組みますが、まるでヨーロッパにおいて革命期フランスが国の内外でやったことを思い起こさせる要素があります(土地制度改革など)。

後半では、彼が取り組んだ東南アジアにおけるイギリス「自由貿易」の拠点シンガポールの建設と、海賊排除や奴隷制廃止などこの地域における近代化の取り組み、そして彼が残したものの意味についてまとめられています。ラッフル自身は現地社会に対し強い関心を持ち、この地域の自然や文化についても造詣を深め、研究を行っていたことなどがまとめられています。

本書を通じ、自分たちが優位にあることを前提とし、アジア、特にイスラムに関するものを低く見る姿勢をとりながら現地社会と相対して、現地社会を近代化しようとしている1人のヨーロッパ人の姿が浮かび上がってきます。こうした姿勢自体は確かに問題ではあるわけですが、彼が取り組んだ教育改革など諸改革はその後のシンガポールのあゆみに大きな影響を与えているようです。

ラッフルズが建設したシンガポールがその後彼の思った以上の発展を見せていくところをみると、かの国家は近代自由主義(特に経済自由主義)をつきつめていった場合にどのような国家や社会が生まれるのかという一つの事例といえそうな気がします。本書は、東南アジア世界にヨーロッパ「近代」をもたらした1人の男の生涯と、それにより東南アジアで何が起きたのかを知りたいと思った時にはまず読むべきだろうと思います。

東南アジアにおける「近代の落とし子」といってもいいラッフルズですが、本書を読んでいると、まるでフランス革命とナポレオンに関する教科書的な記述と似たような構造がみてとれます。「近代」をもたらすもの、「文明化」を進めるものとして現地で振る舞う(ただし悪意はない)彼の姿は、自らを「革命の申し子」としてアピールしようとしたナポレオンの姿とだぶるところがあります。実はこの両者はあったことがあり、セントヘレナのナポレオンと面会し、和気藹々と話して帰ったという話があります。彼自身、ナポレオンを尊敬していたようですが、ナポレオンに自分と相通じる何かを見ていた、そして自らもナポレオンのようでありたいという思いがあったのでしょうか。