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トム・リース(高里ひろ訳)「ナポレオンに背いた「黒い将軍」 忘れられた英雄アレックス・デュマ」白水社

デュマと聞くと、「三銃士」や「モンテ・クリスト伯」の作者、あるいは「椿姫」の作者を思 い浮かべる人はいると思います。しかし、彼らのご先祖様が実は軍人であり、しかもサン=ドマング(現在のハイチ)出身の黒人であるということは、佐藤賢一 の小説弟子っている人はいるかもしれませんが、多くの人々は知らないのではないでしょうか。

そもそも、近代以前のヨーロッパだと、奴隷制度や奴隷貿易がまだまだ残っている時代であり、黒人がフランス軍に入り、そこで将軍にまで出世することができたという出来事自体を疑う人もいるかもしれません。

しかし、本書を読むと、なぜ植民地で白人の父(ノルマンディの貴族の生まれ)と黒人の間に生まれたデュマがフランスにわたり、そこで貴族の息子として教育 を受け、自由身分として生きることができたのか、さらに革命の時代のフランスで将軍になることができたのは何故か、そして、何故それ程の人物が歴史の表舞 台から忘れ去られてしまうことになったのかが分かると思います。

植民地では「黒人法典」を制定し、植民地奴隷制について法的に色々と定めるいっぽうで、そこに抜け道があること、さらにフランス本国には奴隷制は存在しな いという方針をとり、植民地と明確に区分を設けていたことなど、革命以前のフランスにおける奴隷制の話が盛りこまれています。また、フランスにおいて革命 前から奴隷制度や人種差別を止めようとする動きが現れ、さらに革命においてそれらを廃止するという事が一時行われたこと、しかしナポレオンの時代に奴隷制 や差別が復活していく様子も描かれています。

デュマ将軍はフランス軍に一兵卒として入隊し、軍において勇猛果敢な活躍をみせ、イタリア方面での戦いでは将軍として活躍するまでに到ります。一兵卒から 将軍まで出世できるというのも、フランス革命のおかげですが、人種が問われることなく出世したという所に大きな意味があるのでしょう。しかしナポレオンの エジプト遠征の帰りにイタリアで長期にわたる虜囚としての生活を経て帰ったら、祖国フランスにおける自分を取り巻く環境が一変し、苦難の内に死ぬことにな りますが、こうしたフランスにおける奴隷や人種に対する考え方や制度、法律の変遷がデュマ将軍の立身出世と挫折に大きく影響していたことは想像に難くない でしょう。

また、人間としてのデュマ将軍の姿も、彼が残した書簡や息子の回想、その他同時代の人々の記録から浮かび上がってきます。堂々たる体躯をもち(エジプト遠 征時には現地人からはナポレオンと比べるような話も出ています)、共和政の理念を信じて勇猛果敢に戦い、敵地においても軍の規律を厳格に守り無用な掠奪な どを抑えるなど高潔な人格をもつ、言うべき事はずばずばという、そういうタイプの人物として描かれています。本書での描き方はナポレオンとの対比を意図的 に強調しているような感じもしますが、奴隷制や人種といったものに関して光と影の二面性を感じるフランスの書き方とあわせて、非常に興味深く読めました。

一人の将軍の生涯を窓口として、近代フランスの歴史を描き出す、それとともに一人の将軍の生涯をフランス近代史の流れの中に位置づける、それを読みやすい文章で書き上げた一冊です。