まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

貴堂嘉之「移民国家アメリカの歴史」岩波書店(岩波新書)

(先月読み終わっていたのですが、感想をまとめるのに時間がかかり、今月の投稿としました)
アメリカというと、「移民の国」であり、様々な国や地域からやってきた人々により国が発展させられてきた、そしてあらゆる国や地域の人々に対し門戸を開いているというイメージをもたれていますし、アメリカの人々は自国の歴史の歩みをそのようにとらえています。

昨今、高校の世界史でもアメリカへの移民の話というのは結構取り上げられていますが、多くの人のイメージ形成にかかわるアメリカへの移民というのは、ヨーロッパからの白人の移民たちの事例が元になっていることが多いのではないでしょうか。また、植民地時代より、多くの黒人奴隷を労働力としてきたアメリカが、「奴隷労働の国」としてのイメージではなく、「移民の労働力により発展した国」というイメージをもたれているのは、なぜなのでしょう。

本書では、「移民の国」アメリカ、開かれたアメリカという自画像、イメージを見直すところから始まり、このイメージとは当てはまらない移民であるアジア系移民、中国からやってきた人々や日本からやってきた人々がアメリカで味わった苦難、不当な扱い、そして差別や排除の歴史を扱い、それと同時に世界規模での労働力の移動が起こる中でアメリカが発展したことと、人の移動を管理する体制を作りあげたこと、そして「アメリカ国民」がいかなる選択と排除を通じて作られてきたのかを扱っています。

興味深い話題が多数ある本ですが、いくつかあげて見たいと思います。まず、「移民国家」アメリカの始まりの物語を語るにあたり、北米の植民地時代の話からはじまりますが、この時にピルグリムファーザーズの話がよく出てきます。契約年数の強制労働に従事する年季奉公人(黒人も当初はこれだった)から、終身強制労働の黒人奴隷制という「不自由」の物語がついてまわるヴァージニア植民地のジェームズタウンではなく、宗教的迫害を逃れてやってきたピルグリムファーザーズが苦難を経験しながらも先住民の助けを得ながらなんとか植民地を運営したプリマス植民地のほうがアメリカの建国神話にふさわしいというところでしょうか。なお、プリマス植民地は史料が少なく、神話化しやすかったこと、感謝祭についても長らく忘れられていたものをリンカンの時に祝日としたこと(これは国民統合のために有効と思われた)がふれられています。

また、台座に刻まれた詩もあって、移民国家アメリカを象徴するものとみられている自由の女神像についても、そもそも台座に詩が刻まれるのは像が作られてだいぶ経ってからであり、移民国家のシンボルとして女神像が機能するようになるのは移民排斥運動が沈静化した後のことであるという、なかなか皮肉な指摘もあります。

こういった、「移民国家」アメリカの神話(坩堝の話などもあります)に触れた後、いよいよ本題に入っていきますが、こちらでも刺激的な内容が含まれています。大規模な人の移動が展開された近代において、国境線の内側の人々を「国民」として囲い込むまでには、出入国管理の制度を時間をかけて整えることが必要とされました。アメリカにおいて人の移動を管理・統制する仕組みづくりに大きな影響をあたえたのが中国人移民たちだったという指摘は非常に興味深いものがありました。なお、アメリカにおける「白人」概念は20世紀はじめ頃まで揺らぎが結構あったという指摘がありますが、この辺りは「ホワイトネス・スタディーズ」と関係しているのでしょう。人種が社会的・歴史的に構築されてきたものという認識は日本ではあまりないように思いますが、もっと考えていく必要があることなのかもしれません。

そして、この時代はイギリスが奴隷貿易廃止を進めていきますが、アメリカもこれに追随して苦力貿易禁止をし、アメリカに来る移民は全て「自由」労働者とみなすようになっていきます。しかし中国人移民の実態としては、かなり不自由な労働環境におかれているのですが、それでも「自由」労働者とされているわけです。このあたり、「自由」の名の下に強制が行われるというのはなんとなく今の時代にもあるなと思わされるところがあります。

そして、アメリカ社会の「人種化」が南北戦争後の国民統合をめざす政策の失敗とともに進行して、排華移民法が制定される過程と、中国人移民の待遇の改善の動きが描かれています。さらに、中国人移民の次は日本人移民の話へとつながっていきます。明治時代に、「若松コロニー」「元年者」という失敗に終わった移民があったことがふれられたあと、日本人移民が排華移民法流入がストップした中国人にかわり労働力として用いられる一方で排斥運動が徐々に強まり、1924年の排日移民法が制定されるまでがまず扱われています。ここで、ジュリー・オオツカ「屋根裏の仏さま」の題材となった日本人移民たちの「写真花嫁」の話も登場します。あの本で語られていることの背景を知るのにちょうど良い本だとも思いました。

さらに太平洋戦争が始まると日系人の扱いはさらに厳しくなり、財産を奪われた上強制収容所に送られています。また戦争中、日系2世の若者が軍に入隊して作られた部隊の話も登場しますが、激戦地で非常に大きな犠牲を出しながら戦ったことが、戦後の日系人の社会的地位上昇につながったという話が出てきます。ただし、差別されてきた日系人の社会的地位向上の物語が、人種差別をアメリカが克服した「国家再生」の物語として回収されてしまう、不平を言わず耐え忍びながら成功したマイノリティとしての日系人の物語が、日系人同様にアメリカで不当な扱いや差別に苦しみ、それに対して抗議を行うアメリカ国内のマイノリティを分断するための格好の道具となってしまう危険性があるといったことは気をつけなくてはいけないようです。

その一方、かつての苦難もあり、日系人が現代でもアラブ系移民の苦境に対し手を差し伸べるなど、イスラム系コミュニティとの連帯を模索する運動を展開しているという話も登場します。現在のトランプ政権が移民排除の路線を進める中、少し希望が持てる話でした。