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小松久男(編)「1861年 改革と試練の時代」山川出版社(歴史の転換期)

山川出版社の歴史の転換期シリーズの第4回配本は、1861年というタイトルです。世界史でこの年号というと、真っ先に上がるべきものは南北戦争の勃発、ロシアの農奴解放令、イタリア王国の成立でしょう。その他、地味な事柄をあげると太平天国の乱が終盤に向かう頃であったり、中国で総理各国事務衙門が設置され近代的な外交関係を結ぶようになることなどもあげられるでしょうか。

そんな出来事があった1861年を表題に掲げた本作は、清朝オスマン帝国、ロシアに関することに触れ、さらに日本とイタリアに関係することを取り上げています。描かれている内容は、総論では本書のいろいろな場面でその名が登場するロシアの外交官ニコライ・イグナチエフの生涯と経歴を辿りながら、ロシアの極東や中央アジアバルカン半島方面での動きとの関係をしめし、さらにロシアとイギリスの極東での勢力争いに日本が巻き込まれた事例としてポサドニック号事件をとりあげています。

そのあと、各章ごとの内容を軽く見ていくと、第1章では李秀成や曽国藩、恭親王清朝宮廷の人々(西太后など)、そして太平天国清朝双方に関わったフィリバスター(常勝軍のウォード、太平天国について本を書くリンドレーなど)といった人物を取り上げながら、危機にさらされた清朝がいかにして態勢を立て直し、その後半世紀余命を保つことになるあたりを描いています。

第2章ではミドパト・パシャをとりあげ、彼の経歴を辿りながらタンジマート改革期オスマン帝国の歴史を、彼の自伝をもとにしながらまとめていきます。地方官として功績を挙げ大宰相となった彼が立憲政治をその中で考え、憲法を制定するに至る過程、そしてタンジマート改革がいろいろなところで失敗していく様子がまとめられています。地方政治にせよ中央での立憲政治にせよ、なかなかうまくいかない様がまとめられていますが、改革未だならず、というのが彼の心境ではないかというコメントは納得がいきます。

第3章では「大改革」時代の陸軍大臣を務めたロシアの官僚ミリューチンの回想録を基にこの時代を描きます。一見友好的ながら影で対立し合うヨーロッパの国際情勢のなかで、ロシアの列強としての地位を保つために無駄を省き合理化を進め特権を廃止し、諸身分の力を国家機構に結びつけて力を引き出し中央にしっかりと結びつける、改革への抵抗勢力や分離しようとする勢力は力で押さえつける、そのような方向を志向し、何事も合理的に処理できると思っていた開明官僚が過去を振り返った時にどのような思いを抱いたのでしょうか。

第4章では舞台が一転し、幕末の日本を扱います。ポサドニック号が対馬にやってきて恒久的な施設を作り始めたことがイギリスとロシアの間の衝突を生み、これに幕府が自分たちの力では有効な対応が取れなかったという一連の出来事から、ロシアがイギリスの極東進出への対抗策として沿海州を獲得したこと、そしてそれがロシアの極東経営の始まりとなったという転換期にあたること、また日本におけるロシア脅威論の震源の一つとして日本に影響を与えたことがまとめられています。

第5章では、この年に統一を達成したイタリアをとりあげます。イタリアから移民として多くの人々が出ていくようになるなか、移民を容認するか制限すべきかといった国内での議論や移民に対する法案、そして実際に移民として外へ出稼ぎなどにいった人々がどのような思いを抱いていたのかなどが扱われています。

本書を通読して、いろいろな場面で1861年およびその前後数十年という時代を生きた人々の「声」が聞こえてくるような気がしました。第1章から第3章はこの時代に政治や軍事の世界で中心となって活躍した人物を軸に据えているような構成であり、第5章では一般的な移民たちの語りが終盤に取り上げられています。時代が大きく動いているかどうかは、その時代に生きる人間にはわからないところもありますが、当時の人々がどのように考えていたのか、また後から振り返りどう考えたのか、当時の人々の声に耳を傾けつつ、その時代のことを振り返るというのもなかなか面白いものです。そして、人を軸に据えて話を進めるというのは、案外読みやすいのではないかとも思います。