まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

山田貴司「ガラシャ つくられた「戦国のヒロイン」」平凡社

戦国時代に活躍した女性をあげろと言われると、数年前の大河ドラマをみていたり戦国時代に関心がある人だと、今年の春に本が出た寿桂尼の名があがるかもしれません(自分のブログでも感想を書きました)。しかし、一般的な知名度ではキリスト教に入信した大名夫人、関ヶ原合戦直前の壮絶な死など、インパクトのある話題もあり、細川ガラシャの名がまずあがるのではないでしょうか。明智光秀の娘、細川忠興の妻、美貌の敬虔なクリスチャンということで、運命に翻弄された「戦国のヒロイン」といった感じでとらえられてる感じがします(画像検索をかけると、そういう方向のようですし、なかにはどこかのアイドルか、魔女っ子か、プリキュアのメンバーかのようなゲームのキャラクターもいます)。

死後、さまざまなイメージで捉えられ、現在も色々な姿で現れてくるガラシャですが、生涯を辿ろうとすると、史料的な問題から、わからないことが多々あるようです。彼女にまつわるイメージがどのように形成され広まっていったのか、そして彼女の生涯は実際にはどのようなものだったのか、それを明らかにしようとするのが本書です。

前半ではガラシャの生涯をまとめています。まず、彼女に直接言及した史料というものが少なく、父である明智光秀についても信長に仕える前のことはわからないことが多いという、実像に迫るには極めて厳しい状況です。それゆえ、推測に頼らざるを得ないところも多いのですが、史料に即し、史実を積み重ねながら彼女の生涯にせまります。

近年の研究成果をもとに明智光秀の足取りを辿りながら、ガラシャがどこで生まれ、どのように成長していったのか、著者が最も可能性が高いと思われる論を展開して描き出しています。場所の特定や年齢、年代の特定を行いながら戦国乱世および本能寺の変とその後の状況に翻弄されたガラシャと兄弟姉妹の様子や彼女を取り巻く人々の様子が描かれています。光秀と医学、医師のネットワークのことや、ガラシャが宗教に対し強い関心を抱き、宗教について学ぶうえで、光秀をそれを取り巻く人々のネットワークが影響していることなど、推測の域ではあるものの興味深い指摘が見られ、なかなか面白いと思いました。

そして、ガラシャの生涯に大きな影響を与える細川忠興との結婚ですが、これについても光秀が織田家中での立場強化を狙った可能性があることが示されています。そして監視と統制のもとに置かれ万一の際には殺すという対応が決められていたことについては、忠興自身の個性に加えガラシャが「謀反人の娘」ということを忠興が気にしており、彼女および家の名誉を守るための対応だったということが書かれています。過剰なまでの名誉に対する忠興のこだわりが引き起こした悲劇、それが彼女の死だったというところでしょうか。現代的な見方に引き付けすぎであることは承知のうえでいうと、忠興はドメスティックバイオレンスモラルハラスメントという言葉が良く似合いますね(ガラシャキリスト教に改宗し、当初はキリスト教に否定的だった忠興もある程度認めるようになり、それとともに夫婦の関係もかなり改善はされるのですが)。

ガラシャキリスト教への入信について1章をさいて検討しています。秀吉による締め付けが強化される時期にガラシャキリスト教を信仰するようになりますが、入信したタイミングは何時ごろなのか、教会を訪問できないなど行動を制約される彼女がどのように洗礼を受けたのか、洗礼名はどのように決まったのか、周囲の人々は入信していったのかといったことを検討します。キリスト教徒の関係で言うと、ガラシャが死を選択することと自殺を認めないキリスト教の教えとの関係をどう考えればよいのかと言う問題が出てきますがこれにかんしては、ガラシャ接触があったのが適応主義路線で知られるイエズス会であったことが関係するようです。

こうした、ガラシャの生涯にまつわることを前半でまとめていますが、後半にはいると、ガラシャがどの様に受容されたのかを20世紀後半頃までの展開を追っていきます。ガラシャの受容史を描く後半は実に興味深い話題が展開されていきます。まず江戸時代においてはガラシャは大名の妻として家のために散った「節女」「烈女」としてみなされ、その際に子供2人を殺して自らも死んだという創作がひろまったことがとりあげられています。そして、彼女がキリスト教徒であるということは細川家の一部家譜にしか見られないということも指摘されています。

では、いま普通に広まっているキリスト教徒ということはどこから入ってくるのかというと、実は彼女の需要が日本の中だけでなく外でもみられたことが関係しています。イエズス会の報告などにより彼女の存在は伝えられていましたが、ヨーロッパにおいて迫害を受けながらも信仰を守り殉教した模範的かつ美貌のキリスト教ガラシャというイメージが広く定着して行ったことが述べられています。ガラシャを扱った音楽劇がつくられ、しかもそれを当時の神聖ローマ皇帝の家族がみて、彼女の生き様に感銘を受けたというほどだとはしりませんでした。このヨーロッパのガラシャ像と明治日本のガラシャ像が融合して行ったのが、現代に至るガラシャのイメージということになるようです。なお、「美貌のキリスト教徒」ということで、ガラシャの美貌イメージがどういう経緯で定着したのかも検討がなされています。

そして、現代のガラシャのイメージについては、自主自立、厳しい状況でも自らの道を貫き通した女性というイメージも広がってきているようです。後世における受容やイメージを見ると、当時の人々の理想像や女性のあり方がガラシャ像に投影されてきていることがよくわかります。いろいろな人々がさまざまな立場から彼女を解釈し、描き出す、それによりさまざまなガラシャ像が生まれ、広まっていく、そのプロセスがわかる内容でした。自分達の理想像を過去の人物に投影するということはしばしば見られることですが、それにより実像と違うイメージや出来事が伝えられてしまうところもあるようです(子供殺しのように)。そういったイメージを実態と違うということで切り捨ててしまうのではなく、そういうイメージが形成されるプロセスを探り、そこから当時の様子を捉えていくということも重要なことだと思います。ガラシャの生涯とその後の受容史を知りたい、そういう人にはもちろん薦めたいですし、歴史上の女性がどのように語られてきたのかということでも読んでおくべき一冊かなと思います。