まずはこの辺は読んでみよう

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アルド・A.・セッティア(白幡俊輔訳)「戦場の中世史」八坂書房

中世ヨーロッパの戦争というと、鎧や槍を装備した騎士のぶつかりあいと言ったイメージがあるかもしれません。しかし、本書によると、中世ヨーロッパにおいて、大軍同士がぶつかり合う会戦というのは大きな損害が出るリスクがあることから極力避けようとしていたと言う指摘がなされています。では、中世ヨーロッパにおける戦争はどのような物だったのでしょう。

また、戦争を起こすのにちょうどよい季節は何時なのか、また戦闘を行う時間とそれを割けるべき時間はどうなっているのか、兵士達の食料事情はどうだったのか、そして戦闘中に傷を負うこともあれば死んでしまうこともありますが、負傷に対してどのような対処をしていたのか、戦死者の埋葬や遺体のとりあつかいはどうなっていたのか、こういった戦争にまつわることがらについて、色々と気になる人もいるかもしれません。

本書は、まず中世の戦争の多くは略奪であるという処から話がスタートします。小規模な軍勢による田園地帯や都市の略奪行為が中世の戦争では多く見られ、大軍による会戦よりこちらの方が多かったと指摘されています。しかも、敵による略奪だけで無く、行軍中の味方の軍勢による略奪が行われたりすることもあるというところに人間の欲望を制御する事の難しさを感じてしまいました。逆に、行軍中の軍を現地の人々が襲撃すると言う事態も発生し、歴戦の傭兵隊長でも相当手こずることがあったということには驚かされました。民衆は虐げられ苦しんでいるだけではないと言ったところでしょうか。

もちろん、そういうものだけでなく、戦略的・戦術的に略奪が行われることも当然あったことは指摘されています。その他、敵地の略奪を行うため、武器以外の色々な道具を持ち運び敵地を荒らすことんを任務とする部隊(グアスターレ)も存在したようで、彼らの存在はまるで工兵のようです。その他、略奪によって得た戦利品の分配についても、兵種により得られる物に差があり、分配量からは弩兵がかなり重要視されていた様子も窺えました。

次いで包囲戦について扱われますが、本書で一番ページ数を割いている箇所でもあります。著者の専門が中世イタリア城郭史、軍事技術史ということもあり、豊富な事例をもとに中世における包囲線の発展の歴史、様々な攻城機械、兵糧攻め、守備側の対抗策などが扱われ、さらに城を落とすために力攻めもあれば謀略もあると言ったことも語られています。なお、城を攻めるために、あきらかに不利にもかかわらず騎兵で攻め寄せるという事がしばしば見られたというのは、実際の包囲戦で有効かどうかではなく、騎兵の心情的な物なのでしょう。現代人からみて「合理的」な判断がどの時代にも通じるというわけでは無いことを考えさせられます。

また、史料の扱いの難しさも感じさせられる箇所でもあります。攻城機械を結構早くから使っているようにとれる記述も、古代の文献の表現を使っていたため、その手の用語が登場しているだけということのようです。ある道具を表す単語があったからと言って、その時代にその道具が実際に使われていたのとは別であると言うことですが、書いてあることが実際にあったわけではないと言う所への注意が必要でしょう。

第3章では会戦が扱われますが、中世においては損害を出す会戦はあまり望ましい物とはされておらず、「戦わずして勝つ」ことを達成するための手段も紹介され、軍隊が規律と統制がとれていることを見せつけると言うことも行われていたようです。軍の隊形や規律と統制、戦場における兵士のふるまいがまとめられた章ですが、いざ戦いとなると騎兵の方が歩兵より先に逃げるというのは、恐怖にとらわれたときに逃げる手段を持っていると言うことが大きいのでしょう。

第4章はうってかわって、戦争を始める時期や、戦闘の時間が扱われています。春は諸般の理由から戦争を始めやすい季節であったことや、夏は戦争にむかないこと、そして冬の戦いを避けるべきという言説がある一方で、冬場に軍事行動を行った事例もいくつかみられる事などが指摘されていますが、農業が中世ヨーロッパ社会の根幹をなすことがよく分かる章でもあります。農民達の農作業が安全に行えるように兵士が農作業を守っていたり、農民達を兵士として出すことの不都合があるため傭兵を使ったといったことが語られています。あと、戦いを始める時期を決めるにあたり、占星術が重要だったというのは、戦国時代の日本の軍配者のようなものでしょうか。

最後の第5章では、兵士達の食糧事情や負傷への対応、そして死に関することが扱われます。弩による負傷や死亡が結構多いところや、略奪のため死体から色々な物を剥ぎ取り持って行く一方で、戦場から遺体を回収して埋葬を行うなど、戦場における死とそれへの向き合い方に色々な形があることが示されています。

こういった内容を、イタリアの事例を多く盛りこみながら描き出しています。当時の人々が戦うことについてどう考えていたのか、またどのような準備や対応をしていたのか、具体的な事例が数多くとりあげられています。教科書に出てくるような有名人としてはロベール・ギスカールやイタリアで戦ったフリードリヒ1世、フリードリヒ2世はたびたび登場し、大きな戦いについても戦場を描いた「バイユーのタピストリ」に関連してノルマン・コンクェストはよく出てきます。しかし、中心となるのはイタリアの諸国家、諸侯同士の抗争の話が多くなります。フリードリヒ2世側に立って戦い、教皇から破門され十字軍の対象にされたエッツェリーノ・ダ・ロマーナなどなど、興味深い人物や出来事は多数登場しますが、人によっては些末な事柄を大量盛り込んでいて読みにくいとか、内容が薄いと思う人もいるかもしれません。ただ、そういう細かい事柄を突き詰めて裏付けてこそ書けるものがあるため、本書に関しては必要な内容だとおもいます。

また、中世ヨーロッパの軍隊について何か書いたり描いたりする人たちがこれを読むと、イメージを作りやすくなるなと思う内容でした。概略だけでいいではないかと思う人もいるかもしれませんが、実際にどのような事が行われていたのか、具体的には何が行われていたのか、そういうところを知りたいと思ったときに読むと面白く読めるのではないでしょうか。