まずはこの辺は読んでみよう

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岸本美緒(編)「1571年 銀の大流通と国家統合」山川出版社(歴史の転換期)

16世紀というと、大航海時代、そして世界各地の結びつきが強まりはじめる時代といえます。ヨーロッパの海外進出が進んだ時代であるともいえますし、中国における銀需要の増大が世界を結びつけたともいえるところもあります。さらに、この時代の東南アジアに目を向けると王権の強化、国家の統合が進んだところもあります。

本書は、そんな時代の諸相を東南アジアのフィリピン、明帝国とモンゴル、アクバル時代のムガル、オスマン帝国ヴェネツィアユグノー戦争時代のフランスとスペインの5章と補論でドレイクの掠奪航海という具合に、結構バランスよく地域をわりふりながら、銀の流れがどのような事態を引き起こしたのかといったことや、各地域における支配のあり方、国家統合の過程などを描き出しています。このシリーズでは、少々バランスがいびつな巻もあるのですが、その辺りはうまく考えて作られているように読めました。

個別の章の内容も非常に面白い内容が含まれています。たとえば、スペインによるマニラ建設を扱った第1章では、アカプルコ貿易と銀という話にとどまらず、フィリピン、メキシコ、スペイン本国という広大な世界が関連するモノ、ヒト、情報の流れが扱われています。マニラの人口構成が華人や日本人だけでなく、インドやアフリカからも人がきていることや、中国の生糸がスペイン領や本国の絹織物の原材料として使われたこと、また本国からメキシコに移って絹織物生産を行う業者がいたことや、マニラで大砲を作らせ、それが新大陸の防衛に使われたことなどが触れられています。また情報ということではキリスト教布教に焦点を絞っていますが、宣教師側で自分たちの日本での布教姿勢に問題があるという認識を持つものが現れていることや新大陸とアジアの違いを認識していったことなど面白い話が取り上げられています。

また、第2章では儒学的な礼制に固執する皇帝として世宗嘉靖帝が描かれ、彼の姿勢が北虜南倭を悪化させていた様子がうかがえるとともに、モンゴル領内に暮らす漢人たちのことや、アルタンの「朝貢」は明側でも交易以外はどうでも良いかのような対応を取っていたことなどが明らかにされています。また辺境での互市により銀が東北部に流れ、ヌルハチ台頭にも影響を与えたということはよく言われていますが、紛争緩和の手段として採用した辺境での互市が経済活動が活発な地域と商品用意などにも事欠くような地域との間での地域格差増大や治安の悪化をもたらす可能性があり、明の辺境防衛体制を揺るがせることにつながるという指摘は非常に興味深いものがあります。

そのほか、第3章ではアクバルが建設し、一時拠点を置きながら結局放棄した都をとりあげ、そこに都を作り、拠点とした時代が領土の拡大、中央アジア系貴族や異母兄弟、そしてグジャラートを支配するティムール家王族などの対抗勢力の制圧、マンサブ制やルピー銀貨の流通、ペルシア語への翻訳作業など、ムガル帝国において結構重要な事柄が進んだ時期と重なった、ムガル帝国の転換期であったことを示しています。また第4章ではレパントの海戦の後も地中海で勢力をかくだいしたオスマン帝国と、そこで活動したヴェネツィアがどのような関係を築いていたのかを見て行くとともに、この時代のオスマン帝国による支配体制を描き出しています。

第5章と補論はヨーロッパ関係で、5章ではユグノー戦争の経過を追いつつフランスがスペインに対抗する中で自己イメージを確立していくとともに政治的・宗教的な国家統合がどのように進んだのかをまとめています。ユグノー戦争というと寛容と世俗化により戦争が終結したというのが一般的説明ですが、フランスの政治的・宗教的伝統の再確認とカトリックの立て直しといったことから論じているのは刺激的です。補論はドレイクによる掠奪航海の持つ意味を取り上げています。

散漫になってしまいましたが、国家統合・集権化のうごきや銀の流通に伴う経済活動の活発化とその影響が現れてきた時代として1571年とその前後の時代を捉えているように感じる一冊でした。銀の流れは色々な場面で顔を出し、一見無関係に見える第4章でも、オスマン帝国と銀の流れに関する言及がありますし、スペインの軍事活動や植民地経営の費用として銀が使われていることや、スペインの貴金属が反スペインのプロパガンダの材料として使われフランスの国家統合にも影響しているなど、銀の流れの影響が世界の歴史の随所に感じられるような一冊です。