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前田弘毅「アッバース1世」山川出版社(世界史リブレット人)

世界史リブレット久しぶりの新刊はイランのサファヴィー朝中興の祖、アッバース1世となりました。昔自分のサイトでアッバース1世の話題を取り上げた時には彼について扱った本がなく(その後、デイヴィッド・ブロー「アッバース大王」が出ましたが、記事を書いてからだいぶ経ってからだったので当然執筆には使えず)、中公の世界の歴史や洋書で取り寄せたサファヴィー朝通史、イラン史のサファヴィー朝の項目で何とかした覚えがあります。

そんなアッバース1世について、サファヴィー朝を専門とする著者の手でコンパクトにまとめられた伝記が出ました。シリーズのラインナップをみていて、出るのはいつかなと思って待っていましたが、ようやく出たのはありがたいことです。本書の構成はアッバースが生まれた世界について、イラン高原の地理的環境やアッバース即位前までのサファァヴィー朝の概略を扱い、不安定な国内の秩序回復、軍制改革や集権化、イスファハーンの建設などアッバースによるサファヴィー朝の再建が続きます。その後でウズベクオスマン朝との戦いと領土回復、新都イスファハーンなど大規模な造営事業、正統シーア派国家の建設、コーカサス系人材の取り込み、ヨーロッパとの関係構築といった主だった業績がまとめられていきます。

そして、この後でイスファハーンについて一章をさき、帝国のショーウィンドウたるこの都市について、公共空間である広場の役割、コーヒーハウスの賑わいや女性とこの都市の関わり、都市を舞台に栄えた学問や芸術といったことが扱われています。なお、この章ではアッバースの人柄についてもかなりページが割かれており、市井の人々との交流を好みお忍びでイスファハーンを視察したということや、暗殺を恐れかなり慎重な振る舞いを見せるところもあったことなどが触れられています。またもてなし好きで陽気な人柄を伝える逸話がある一方で規律を厳格に守る人物で、彼のさまざまな人々に対する苛烈な対応を伝える逸話や出来事も多く見られます。仕事も遊びも精力的に取り組み、好奇心旺盛、宗教に対しては功利主義的な対応をとりながら、政治面では保守的で細心かつ慎重といった、魅力的だが近寄り難い人物像が浮かび上がります。また、市井の人々との接し方や前線の兵士に対する振る舞いなど、民衆にうけそうなところも結構あります。

著者はサファヴィー朝コーカサス系奴隷軍人に関する書物を書いています。そうしたことも関係するかとおもわれますが、コーカサス出身者の果たした役割についてまとまった記述が見られます。アッバースによるコーカサス系人材「登用」が強制的なリクルート、出身地ごと取り込み秩序構造の再編までせまるもので、統合政策に対する反発も見られたが(鎮圧には成功しますが大規模な反乱に発展するものもあった)、コーカサス系人材はその後もサファヴィー朝の中枢で重要な役割を果たし続けたことが述べられています。イラン系官僚とトルコ系遊牧民の軍事力という構造から王とその取り巻きによる集権的な国家への変貌、それとコーカサス系人材の関わりといったところは本書の中でもなかなか興味深く読みました。

全体を通じ、アッバースによる国家再興、国土再編の取り組みを通じてイランが領域的一体性と宗教的オリジナリティを獲得し、それが後の時代にも継承されているということ、アッバースの時代に東西交易路にくわえて海に繋がる南北のルートを整備し、海と王朝を結びつけたことを示していきます。「イラン」の歴史を考えたときに、彼の重要性がよくわかる一冊です。