まずはこの辺は読んでみよう

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タヌーヒー(森本公誠訳)「イスラム帝国夜話(上)」岩波書店

イスラム世界の説話、逸話集というと、『千夜一夜物語アラビアンナイト)』が有名です。イスラム帝国流入した興味深い、奇想天外な説話の数々に見せられた人も多いと思います。しかしそういう説話集とはまた違う味わいのあるのが、アラビアンナイトにも影響を与えたとされる、このタヌーヒーの著作です。

著者のタヌーヒーはブワイフ朝時代のバグダードで法官の地位に就いた人物ですが、自分が目撃したことから、社交の場で人に聞いたことまで様々な階層や職業にまつわる逸話をあつめて本にしました。扱われている人物が非常に幅広く、カリフやアッバース朝の時代に権勢をふるいながら、突如滅ぼされたバルマク家のようなかつての名家だけでなく、王朝で働いていた官僚たちや大商人にかんする逸話が多数見受けられます。

内容を見ると、政敵を追い落とすために相手の父親をうまく使う話や、うまいこと法官を出し抜き遺産をほとんど継承した妻の話、老女と雀のちょっとした書き間違えが原因で起きた笑い話のような出来事、豪奢な料理を見せびらかすだけの男をいかに出し抜いて料理を食べたのかといった話から、当時の有力者の度量や雅量を物語るエピソードの数々、教訓めいた話まで色々な話が盛り込まれています。さらに人物だけでなく、動物に関する逸話も見られたりします。犬や猿、はては鍛冶屋ではたらくクマまで登場します。

そして、これらの物語が語られた時代に関係する歴史的な事柄も色々と見ることができます。イスラム世界とビザンツ帝国の間で捕虜の交換が行われていたを反映したような話も幾つか見られますし、タヌーヒーが生きた時代に体制を批判するような言動、布教活動を行った人物については批判的な逸話が多く集められていたりします。そのほかにも、この時代のイスラム世界で人々がどのように暮らしていたのか、その一端が窺える逸話も数多く載せられています。

今回は上巻のみの掲載となりましたが、この本には下巻もあります。ただし下巻は断片的に残った巻から訳者が興味深いと思ったものを選んで訳している部分があるようで、まずは上巻の方を読んでみてから、下巻も読んでみるといいのではないかと思います。似たような話も結構多く、さらに分量が多いので、一度に読み切るのは大変だとおもいますが、気が向いたときに本書を開き、面白そうな話を読み色々と考えたり感じたりするという楽しみ方で長い間楽しめそうな本だと思います。願わくば文庫サイズになってくれると、手元に置いておきやすいのですが、数年、いや十数年後にならないと無理なきもします。