まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

大木毅「独ソ戦」岩波書店(岩波新書)

(7月に一度読み終わり、その時に感想を書こうと思ったのですが、時間が無く、もう一度読み直してから改めて感想を書いています)

軍事史というと、歴史学研究の世界では一寸色物扱いされたり、好事家的な読み物は結構多く出ていたりする分野です。第二次世界大戦の時のドイツ軍関連のテーマも例外では無く、最近では歴史学の研究分野としてそれなりに扱われるようになってきているとはいえ、世間一般に出回っている情報は後者のようなものが多いです。

しかし、世間に出回っているものの中には結構古いものに基づいていたり、信憑性がかなり怪しいものも含まれます。そんな状況下で、近年の研究を可能な限り紹介しようとしているのが本書の著者で、独ソ戦という第二次世界大戦で最も激しい戦いとなった戦いについて、その概要や背景についてコンパクトにまとめた本を出しました。

独ソ戦はドイツ側ではヒトラーに責任を押し付ける方向で話が進み、軍人や関係者による自らの責任逃れの為の戦記本や回想録などが数多く出版され(国防軍無謬のような話もその一つ)、ソ連側では共産主義勢力の輝かしい勝利をアピールするため都合が悪い事は隠されていたりしました。

それが段々変わっていくのが冷戦終結後のことで、機密解除や研究の進展により独ソ戦の姿が色々と分かってきたりしました。そういった新しい研究成果をふまえたうえで、本書は独ソ戦の前史、その経緯、戦争の性格を描いていきます。本書では独ソ戦を軍事的合理性の範囲内の「通常戦争」、ドイツ国民への負担を軽減するため他国の農産物や資源、さらには労働力となる人間も奪っていく「収奪戦争」、敵と見なしたものの絶滅を目指す「絶滅戦争」という3つの戦争の絡み合い具合の変化が描かれています。3つの戦争が徐々に重なり合い、やがて戦況が悪化する中で「絶滅戦争」の性格が強まり、そのなかに前2つが吸収され、「絶対戦争」へとなっていくという図式で説明していきます。

自軍の能力の過大評価と敵への侮蔑と過小評価に基づく作戦立案、快進撃の裏で消耗し戦争で勝つ能力を失っていくドイツ軍、一元的に責任を負う管轄省庁がなく多元的支配の中で急進化していく占領政策、「残虐行為と無関係で無かった国防軍、戦果拡張をねらうマンシュタインが言い出し陸軍で賛同者が増え、ヒトラーに命令を出させるに至った「城塞」作戦等々、あげていくときりが無いのですが、新しい研究から色々なことが分かってきていることがわかり、非常に興味深く読めました。

また、ソ連軍がスターリンの大粛清で当初力を出せなくなっていたとはいえ卓抜なドクトリンや「作戦術」を確立するなど、相当高度な用兵思想を持ち合わせていたことは恥ずかしながら初めて知りました。ドイツ軍やソ連軍に関する個別の話題については新書の1冊でコンパクトにまとめているため、あまり細かくはふれられないところもありますが、文献解題を参考に色々読み進めるとよいのでは無いでしょうか。

独ソ戦では両軍ともに想像を絶する蛮行を繰り広げていますが、読んでいるこちらも気が滅入るような描写が随所に見られます。ドイツの場合は独特な世界観に基づく戦争遂行、ソ連の場合はナショナリズム共産主義体制擁護の結合によるようですが、相容れない2つの勢力のぶつかり合いがもたらした惨禍は想像を絶するものがあります。ソ連側の犠牲者は2700万人、ドイツ側犠牲者も数百万人(ドイツのデータは独ソ戦以外も含んでいる数字が掲載。戦闘員が444万から531万、民間人が150万ないし300万)という数字にも現れていますし、捕虜となったソ連兵570万のうち300万が死亡したというのも恐るべき数字ですが、これ以外にもユダヤ人迫害などもあるわけです。

そして、戦争終盤になってもドイツ国民が第一次大戦の時のように革命を起こしたりすること無く徹底抗戦した背景についても触れられています。占領地からの収奪により大戦終盤までかなり高い生活水準が維持できておりドイツ国民も収奪戦争、絶滅戦争の恩恵に浴してきたこと、逆に抗戦しない場合にはドイツが敗北した時にそれまでの収奪の報復が想定されること、こうしたことからドイツ国民は徹底抗戦を続けるしか無かったということのようです。ヒトラードイツ国民が「共犯者」のような関係を構築していたが故のことのようです。

本書は、最近の研究をもとにして独ソ戦を単に軍事的な事柄だけで終わらせるので無く、政治や経済、社会、イデオロギーなども絡ませながらコンパクトにまとめた一冊としてお薦めしたいです。これを読んでから、さらに色々な本を読み進めていくと勉強になると思います。そして、自己の能力の過大評価と相手の過小評価をもとに物事を決定することの危険性について改めて考えさせられる一冊でもあります。