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張愛玲(濱田麻矢訳)「中国が愛を知ったころ」岩波書店

「傾城の恋」など、日本占領下の上海に突如現れ多くの作品を残した張愛玲は現代中国を代表する作家の1人であり、多くのファンがいる作家でもあります。日本占領下の上海で活躍し、その後は香港、アメリカへと渡っていった彼女の作品は台湾、香港で人気を博し、1980年代には中国本土でもそれまでの禁書扱い状態が解け、多くの読者を獲得して現在に至っています。

しかし彼女の作品で多くの人々の人気を得ているものはやはり占領期に描かれた作品が多く、その後は作家としては不遇な時代を過ごし、ヒット作にも恵まれず、私生活も厳しいものがあるということが知られています(なくなったのは1995年ですが、かなり寂しい晩年であったと言われています)。

本書は彼女のデビュー作と、アメリカ時代に描かれた作品の3篇からなる短編集です。表題作「中国が愛を知ったころ」は伝統的な価値観への挑戦がみられた五四新文化運動の時代とそれ以後があつかわれ、旧来の社会では公にはなじみがなかった自由恋愛を貫くために払った代償と、急転直下事態が解決に向かう結末が描かれています。自由恋愛を貫いた結果が、旧来の中国社会となんら変わらぬゴールを迎えたというところが実に皮肉です。

この表題作はユーモアを感じられるような作りになっていましたが、他の二つはかなり重い話が描かれています。デビュー作となった「沈香炉 第一香炉」は、家族が香港から上海へ帰ろうとする中、なんとか学校へ通い続けたいがために伯母を頼った主人公がどこからみても駄目な男に惹かれてしまい、香港社交界で学校でやるのとは違う「勉強」を重ねるなか、その男と結婚することになる話です。学校で勉強し、大学へ行っても女の人が就ける仕事というものがあまりなく、結局は結婚なり金持ちの愛妾とならないと食べていけない、そしてその先に待つものはかなり暗く重い運命ながらその道を歩まざるを得ないというところに社会の不条理を感じたりもします。そのような重い話が豪邸や庭園の様子やきらびやかな衣服の描写をちりばめながら展開されており、華やかな覆いの下の厳しさ、惨さを感じる物語でした。

そして、張愛玲自身のそれまでの人生経験を反映したと思われる「同級生」は、女学校時代の同級生2人がその後の人生において全く対照的な歩みを見せ、両者の関係がどんどんと疎遠になっていくところと、主人公の零落がこれでもかと描かれています。女学校時代の回想や、それ以外の過去の回想を挟み込みながら、過去と現在の落差の大きさ、2人の間の隔たりの大きさが非常に強く感じられます。かつては濃密であり鮮烈であった物事もいつか色褪せ重要性を失い、そして消えていく、そして人の関係もそれとともに変わっていくものなのかなと思いながら読み終えました。

以上3篇、内容的には決して軽くない、読み終わった後に残るものはなんとなく重いものがあります。しかしそれを描く筆致、様々な描写の鮮やかさが読みやすくしているようにも感じます。他の作品が読めるのであれば、もっと色々と読んで見たいと思う作家です。