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しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

レオ・ペルッツ(垂野創一郎訳)「夜毎に石の橋の下で」国書刊行会

ルドルフ2世が神聖ローマ皇帝だった時代のプラハユダヤ人街で疫病が流行します。その原因を突き止めようとしたところ、姦通の罪に対する神の怒りである という子供の霊のお告げがありました。それを聞いたユダヤ教のラビは人々を集めて罪を犯したものに名乗り出るようもとめますが、、、という第1章から始ま り、その後登場人物や場所、時間軸も変えつつ、プラハの町を舞台にした不思議な話が続いていきます。

皇帝ルドルフ2世を始め、ユダヤ人の豪商とその妻、徳高いラビ、道化師たちや錬金術士、ケプラーヴァレンシュタインといった歴史上の人物などが登場し、 なんとも不思議な話が展開されていきますが、最終的にそれらの話が少しずつ組み合わさり、一つの世界が作られていきます。そこに現れてきた世界は、なんと も不思議な話でした。

皇帝と人妻が夜毎、媒介を通じる形で精神世界において愛し合う、カバラの秘術を少し間違えた結果犬と話せるようになる、霊的な存在が普通に登場して疫病の 原因を伝える、悪鬼から財宝を取ったら大変な事態が続けざまに起こる、そういった不思議な出来事がちりばめらていますが、この話の中心となる人物は皇帝ル ドルフ2世、そしてユダヤ人の豪商モルデカイ・マイスルでしょう。

ルドルフ2世は政治に無関心で、錬金術など怪しげなことにはまり込み、さらに様々な美術品の収集に熱を上げ、結果として国の財産を蕩尽し、弟に追われると いう最後をたどった人物です(もっとも、近年のルドルフ2世像とはちょっとちがうようですが)。一方のユダヤ人の豪商マイスルは莫大な富を築きながら、ユ ダヤ人街の様々な施設建設に財を投じ、一文無しになって死んでいきます。マイスルの行動の背景には夢で自分の妻との逢瀬を楽しんでいた恋敵に対する復讐心 があったわけですが、バラとローズマリーを媒介として夜の夢の世界で逢瀬を重ねる表題作はなんとも艶かしいですね。

その他、カバラの秘術をちょっとミスしたら犬と話せるようになってしまった話はなかなか面白かったです。三十年戦争序盤、チェコの新教勢力が敗れた後の時 代に過去を振り返るような話もなんとなく心にしみるものがありました。あと、ユダヤ教のラビが登場する話は超自然的な展開をたどることが多いように感じま した。

一つ一つの話も短篇のように楽しめますが、バラバラな話を全て読み終えた時にはなんとも幻想的なプラハの町と人々が現れてくる、その仕掛けが面白いと思う一冊でした。