まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

オリバー・ペチュ(猪股和夫訳)「首斬り人の娘」早川書房(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

時は1659年、アウクスブルクの近くにある街ショーンガウにて、子どもが殺害されました。やがて遺体に書かれたマークの存在から、村人達は魔女の仕業だ と判断、子ども達が良く出入りしていた産婆のマルタが捕らえられます。しかしこの町の処刑人クィズル、その娘マグダレーナは彼女が犯人ではないと確信し、 医者の息子でクィズル宅に良く出入りしていたジーモンと一緒に犯人捜しを開始します。

街の平安を維持しようとする市のえらい人々はクィズルに対しても拷問による自白を速やかに得ることを求め、マルタの無実を証明しようとするクィズルは苦悩 することに。さらに同じマークが遺体に書かれた第2の殺人の発生、骨の義手をつけた悪魔のごとき男の登場が村人達の恐怖心をあおることになり、かつて ショーンガウでおきた魔女狩りとおなじ事態が起きかねない状況になります。果たしてクィズルはマルタの無実を証明し、真犯人を突き止めることができるの か、そして街に平安は訪れるのか。

魔女が絡んだ子どもの連続殺人事件という猟奇的な出来事と、真犯人の探求から、やがて街の有力者の秘密にまで話が展開していきます。しかしそれほど複雑な 筋ではないですし、妙に凝ったトリックを使っているというわけではないので、私のように普段あまり推理小説やミステリを読まない人間にも読みやすかったで す。一寸勘の良い人だと、半分くらい読むと真の黒幕については分かってしまうかもしれません。それと同時進行でマグダレーナとジーモンの恋の行方も追っか けていきます。現実には処刑人一族と一般市民が結婚すると言うことはほとんど無かったようですが、この世界の中ではどうなるのか気になるところです。

読み終わって感じたことは、人間の思い込みとはここまで強いものなのかということです。17世紀は魔女狩りがヨーロッパで多く発生した時代ですが、この物 語でも多くの人々が魔女や悪魔の存在と、それが今回の犯罪に関わっていると信じています。クィズルやジーモン、市参事会員のシュレーフォーグルのように、 極めて合理的・理性的な振る舞いをする人達もいますが、それは少数であり、魔女の存在を信じる人々によりショーンガウの街は危険な状態に突入していきま す。

では、クィズルやジーモンたちが思い込みにとらわれていなかったかというと、そういうわけでもなく、マークの解釈については彼らも思い込みに縛られていた ことが明らかになっていきます。無知な人々と合理的・理性的な主人公という単純な二項対立ではない関係が描かれていると思います。彼らは彼らで別の思い込 みにとらわれていたことが、この事件の解決を遅らせた要因になっていたように見えます。

また、街の政治を取り仕切る人々からはマルタを魔女として速やかに処刑し、そこでこの事件をおわらせようとしていることが度々書かれています。一方、クィ ズルも最終的には真実は隠す形で事件を何とか穏便に済ませようとします。その際に一人犠牲になるのは仕方ないという形で対応するか、それを何とか避けよう とするかで違いはあれど、クィズルも街の支配者達も、かつてのような大規模な魔女狩りが起きることを避けたいと言うところでは一致しています。なお、クィ ズルの祖先はかつての魔女狩りの時に相当報酬を得たようですが、彼自身はそのような事は望まない姿勢をとっています。

主人公クィズルは代々続く処刑人の家に生まれ育ち、本書の最初の部分は彼が子どもの頃の話からスタートしています。医学の知識は下手な大学の先生より遙か にあり、当時としては最先端の医学書も自宅に持っていたりします。大学で教えていることよりも遙かに進んだ知識を様々な本や家伝を通じて学び、街の人々も 処刑人と言うことで賤視する一方で彼に助けてもらうこともしばしばあります。彼の娘マグダレーナも非常に活発で薬草の知識が豊富な人物として描かれていま す。非常に魅力的な彼女ですが、やはり処刑人の娘ということで普通の人と同じようには扱われない状況に置かれています。このような処刑人一家の扱いは前近 代社会においては他にもあったようで、その辺りは安達正勝「死刑執行人サンソン」を読むとよく分かるでしょう。

三十年戦争のあとのドイツを舞台とした歴史ミステリということで、歴史に関係する話題も色々と出てきます。まず、三十年戦争に関連する話題としては、ス ウェーデンによりさんざん荒らされたことが話から伺えます。グスタフ=アドルフ率いるスウェーデン軍が攻め込み旧教側に打撃を与え、ドイツにおいてス ウェーデン軍が暴れ回っていたことが、この村にも影響を与えていたことが窺えます。その他、戦争の惨禍から財産を守るために人々はあの手この手を尽くして いたことにも触れられ、実はそのことがこの本で重要な意味を持つことになります。

三十年戦争について、クィズルは三十年戦争のときにティリー率いる皇帝軍に従軍したことがあるという経歴をもっています。そして皇帝軍によるマクデブルク の攻撃と惨劇の場にも居合わせたと言うことが語られていきます。このときにマクデブルクの人口は激減し、講和条約の時点ではさらに減ってしまっていたとい われていますが、クィズルはこの惨劇の場に居合わせたようです。そして、物語にも登場するある人物との間に因縁も生じていたようです。

この物語には続編があり、ドイツでは2部と3部があり、4部で完結させる構想があるようです。続編も是非出して欲しいと思いますが、果たしてどうなりますか。ジーモンとマグダレーナの関係はどうなるのか、気になるところではありますが。