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クセノポン(松本仁助訳)「キュロスの教育」京都大学学術出版会

「アナバシス」の著者クセノポンがアケメネス朝ペルシア帝国の建国者キュロスの生涯をたどりつつ、教育論やリーダー論をまとめた一冊です。

 

なぜキュロスが広大な領地と多用な民族を支配することが出来るようになったのかという疑問から始まった物語は、キュロスの少年時代に受けた教育、そしてその教育を元にかれが大帝国建設を成し遂げていく「国盗り物語」的な話がつづきます。メディア王キュアクサレス(この本で彼の叔父に当たるという事になっています)のもとで戦いながら、貴族や兵士たちを組織し、訓練し、戦って勝利を収めつつ、アルメニアやヒュルカニア、カドゥシオイなどを同盟者に引き込み、最後はアッシリアを打ち破るとともに叔父からメディアを譲られて帝国を作るという過程をみると、まさに「国盗り」という感じがしてきます(色々ときれい事を並べていますが結局は叔父から王位をとってしまったわけで…)。その合間合間に、節度と自制、勇敢さを身につけ、他者に対して誠実かつ寛大に接し、人心掌握にたけたキュロスの姿が挿入されています。

 

タイトルが「キュロスの教育(キュロパイディア)」となっており、キュロスが受けた教育としてこれをとらえると全8巻のうち第1巻のみがそれに該当することになり、いったいどこが「教育」なのだろうと悩む人もいるかもしれません。しかし、残り7巻では第1巻で出てくるような教育を受けたキュロスがいかにして軍を組織し、人を動かし、人を支配し、そして大帝国を作り上げていったのかということが語られ、それを読んだ人間を「教育」するという点でも「キュロスの教育」というタイトルはふさわしいような気がします。

 

クセノポンが理想とする教育や国制はラケダイモン(スパルタ)のそれであり、この作品に登場するペルシアの教育やキュロスの作った国制にも繁栄されていると言われています。理想の教育を受けた理想の君主が理想的な国家を作り上げて統治するとどのようになるのかを描き出した本書をよみながら、指導者とはどうあるべきかを考えてみても良いのではないかと思います。

 

なお、本書はキュロス大王一代記のような形をとっていますが、歴史的にはどうなのかというと、かなり違うと言われています。キュロスの生涯はヘロドトスの「歴史」にも書かれていますが、「キュロスの教育」では平和裡に王位を獲得しているけれど、「歴史」のほうではそうでなかったり(ちなみに「ヒストリエ」のせいで一躍有名になってしまったハルパゴスさんは「キュロスの教育」には全く出てきません)、エジプト征服がキュロスの業績になっていたり(これは次のカンビュセス)、最期の死に様も「キュロスの教育」では老衰ですが「歴史」ではマッサゲタイ人と戦って壮絶な戦死を遂げたと言うことになっています。ここで描かれている教育などもラケダイモン風なことから、かなり小説的な改変をしたキュロスの一代記であるということを認識しておいた方が良いでしょう。