まずはこの辺は読んでみよう

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瀬川拓郎「アイヌの歴史 海と宝のノマド」講談社(選書メチエ)

アイヌというと、北海道に和人(日本人)が進出する前から住んでいた先住民であることは既によく知られています。そして、彼らがどのような生活を送っていたのかということについても一定のイメージが形成されつつあるように思います。

 

そのイメージが何か、かなりおおざっぱにまとめると、アイヌは自然と共生し、平和に生活し、平等で秩序正しい世界を作っていたというもので、和人の進出によりそれが崩れ苦しい状況に追い込まれたと続いていくようです。

 

このような、縄文社会を彷彿とさせるアイヌ像は決して彼らの姿を正しく伝えていないというのが著者の姿勢であり、それを考古学の成果をもとに示していこうとします。あたかも縄文時代から全く変わっていないようなアイヌ像を批判し、アイヌ社会もまた日本社会とは異なる形で変化し、複雑化し、矛盾が拡大しており、そのなかをアイヌたちは生き抜いてきたことを、縄文時代から近世までのアイヌ(厳密にはこの本では古代・中世がメインなのでアイヌとなった人々(擦文文化人)とアイヌ)の歩みを概括してから個別の論点に入って描き出していきます。

 

アイヌの歴史というと、ついつい日本の周縁部の歴史として描きそうになりますが、本書ではそ主に考古学の成果を用いて、続縄文文化から擦文文化までの内容を中心にその後も含め、アイヌの側から見た歴史を描き出していきます。例えば、サケの産卵地に集落が作られ、交易産品になりそうなものに特化した狩猟採集を営むようになった様子が示されたりします。また、擦文文化人がオホーツク文化人の居住地域に進出し、彼らを同化していったことを家の構造から説明したりもしています。そして、アイヌ社会に見られる階層分化の芽が続縄文のあたりから見られるようになったと言うことは墓から論じていきます。

 

以上のような感じで、考古学の成果をふんだんに生かしながらアイヌ社会が変化していく様子を描き出していきます。そこには、縄文時代からずっと変わらぬ生活を営んでいたようなイメージとは全く異なる、大きく変動するアイヌ社会をみることができるでしょう。

 

さらに、それだけではなく、彼らが北方世界で活発な活動を展開し、異文化との交流を餅ながら発展していったことがしめされていきます。サハリンに進出し、交易の利害が原因でモンゴル帝国と戦ったアイヌがいたり、和人と接する中で両属的な文化が生まれたりしたこともしめされています。

 

本書では、擦文人やアイヌがしきりに交易産品を求めた背景として、異文化からもたらされる「宝」の存在が挙げられています。それをもつことで名誉と威信をもたらす「宝」獲得のためにサケを捕り、ワシ羽を集め、海獣を狩るなどの活動を活発に展開したことが分かりやすく示され、それが自然の利用についても縄文時代から大きく変わっていったことも述べられています。

 

宝獲得のため異文化と活発に交流する様子はスケールの大きさを感じさせますが、この辺は「日本史の周縁部」としてみていたのでは恐らく分からないことだと思われます。アイヌは決して日本に同化されるだけの存在ではなく、彼ら自身が能動的に動いていたこともよく分かるのではないでしょうか。