まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

小島庸平「サラ金の歴史」中央公論新社(中公新書)

(本書は2月に読んだ本ですが、感想をまとめるのが遅くなり3月に投稿しています)

かつて、宇宙人の格好をした人たちが妙な歌を歌っていたり、チワワ犬の潤んだ瞳に見つめられて困る人が出てきたり、なぜかレオタードでダンスを踊る人たちが出てくるテレビのCMが流されていたことがあります。

ここにあげたCMはいずれもサラ金(いまだと消費者金融)のCMです。一見とっつきやすい印象を与えるこうしたCMが流され興味を引く一方で、こういった所からお金を借りたことで非常に激しい取立行為が行われ、それを苦にして人生を終えることを選んでしまう人も出るなど社会問題も多発しました。

サラ金を扱った書籍は業界告発系のものから礼賛系のものまでいろいろとあったようですが、本書はサラ金がどういう歴史的・社会的背景から誕生し、発展し、衰退していったのかを描き出しています。それにあたり、いかにして顧客を開拓していくのか、「貸せない」相手にいかにして「貸せる」ようにしていくのかといった金融技術の革新という観点、そしてサラ金を利用する人たちを取り巻く社会的な通念や家族に関する規範、ジェンダーに関連する観点から見ていくという形を取っています。

身近な人間の間で利子を取って金を貸す素人金融がかつては意外と盛んに行われており、会社に一人くらいそういう人がいて副業として営まれているところもあったとは知りませんでしたし、素人金融の仕組みは文字通り「人脈が金になる」ものであったことや、金を貸すことと男らしさの結びつき(そしてそれを逆手に取る行為もみられた)など、サラ金登場以前の金の貸し借りにまつわる話がなかなか興味深いものありました。

そして、素人金融のなかで経験を積んだ人たちの中から、団地金融やサラ金といった方向に進んでいく人が出てくるようですが、団地に入居出来るだけの条件をクリアしていることやちゃんとした会社で働いている(なお戦前はサラリーマンは信用がない職だったようですが戦後になると変わったようです)といったことが信用の担保となったということで、これもまた金融技術の革新の一つといったところでしょうか。

また、本書ではジェンダーの視点もとりこみながらサラ金の歴史を描いていくところがあります。例えば、サラ金から金を借りるサラリーマンは夜だけでなく休日、祝日もつきあいや接待に参加することが人事評価に多大な影響を与えるという労働環境のもとにありました。一方、戦後日本における夫婦の役割分担では「家のことは全部任せた」と財布の管理が妻に委ねられる一方で夫は渡される小遣いの範囲内で賄うという形になり、どうしても不足する遊興費をまかなうためにサラ金から借りていたという事が指摘されています。逆に、団地金融は家政を司る妻が家計をやりくりするために夫に内緒でお金を借りるという事も指摘されています。このあたりは戦後日本の金貸し業の発展を通じて当時の社会通念や慣行をあぶり出すようで、非常に面白く感じました。

一方、お金を貸し借りすると言うことは、借りた側が何かしらの事情で返せなくなると言うこともあります。そのような場合に備え、住宅ローンなどに際して団体信用保険への加入が求められるのが常ですが、サラ金が団体信用保険を導入したことは、借りている側よりも貸した側のモラルハザードを生じさせ、それが債務者の死をも引き起こすことになるなど社会問題も生じさせたことが指摘されています。本書はサラ金の発展と金融技術の革新を描くことに焦点を当てていますが、これが生じさせた問題についても触れるべき所は触れています。

そんなサラ金も様々な規制の強化を通じて衰退していきますが、IT技術の進歩やSNSを利用した形での個人間金融が発展していることなど、個人にお金を貸す事業や技術を巡り新たな局面をむかえつつあるのが現在といったところでしょうか。サラ金の興亡と衰退、そして現在の個人間金融の活発化という歴史から、現代日本の歴史や日本社会を規定してきた社会通念などをあぶり出す興味深い一冊だと思います。