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佐藤猛「百年戦争 中世ヨーロッパ最後の戦い」中央公論新社(中公新書)

百年戦争というと、ジャンヌ・ダルクの存在もあって、その名を知る人も多い中世ヨーロッパ史の出来事かと思います。ただ、名前だけは知っていても、どんな戦争だったのかと言われると、なんだったかなという人も多そうです。高校世界史レベルだと、大陸のイギリス領やフランドル地方などをめぐりもめていたフランスとイングランドの間の戦争で、イングランド王がフランス王位継承権を主張したことから始まったこと、序盤はイングランドが優勢で、ジャンヌ・ダルクが登場したあたりからフランスが優勢になり勝利したといった感じで理解している人が多いかと思います。

しかし、その名称から100年間ずっと戦争状態が続いていたと思う人も結構いるようですし、なんで上述のような展開になったのか、それを見ようとしたときに複雑な同盟や対立関係、婚姻関係による結びつきや支配領域の重なりの複雑さに阻まれてなかなかわからなかったりするところもあるようです。

本書は、百年戦争についてフランスの政治、社会の構造に戦争の過程を位置付けながら叙述していきます。その際、誰と誰が戦っていたのか、どことどこが戦っていたのかを、英仏以外の君主(神聖ローマ皇帝カール4世やカスティーリャ王国のペドロ1世とエンリケ(この辺青池保子「アルカサル」で出てきますね))、度々調停に乗り出してきたローマ教皇の動向(教会大分裂と英仏の対応など)にもふれながら、追いかけていきます。中小領主から神聖ローマ皇帝ローマ教皇まで巻き込む大戦争の複雑な歴史をフランスを軸に据えてわかりやすくまとめていると思います。

大陸領土のフランスからの独立を目論み、さらにフランス王位継承権を主張する(これは交渉カード的なものだったようです)イングランド王家とフランス王家の対立が軸となりますが、それとともにフランス国内では貴族の反乱も発生しています。フランスでは親王領を設け王族を諸侯とし(白ユリ諸侯ともいう)、貴族に対し「鑑」としようとしますが、その白ユリ諸侯どうしでもブルゴーニュ公とオルレアン公が対立し、あろうことかイングランドにどちらも支援を求めるなど、国内の諸侯、貴族の対立抗争が繰り広げられています。

100年以上にわたる戦争と和議の繰り返しの中で登場する個性的なアクターたちは中小領主から大貴族、王まで様々です。ジャンヌ・ダルクについてももちろん触れられていますが、本書では彼女の言動からみられる愛国主義的な要素を考えるという形で取り上げられています。一つに纏まった「フランス」という国家がまだ存在しない時代において「フランス」「イギリス」といった要素を含む発言をする彼女は当時としてはかなり「過激」な存在だったようです。ただ、その後のフランスにおいて彼女の言動、行動が顧みられ英雄視されるようになったというのもわかる気がします。

また、百年戦争の終わりをいつと捉えるのかというのもなかなか大きな問題であることも触れられています。一般的には1453年ですが、フランス王位継承問題を事実上終わらせた(肩書では1802年までイングランド王はフランス王を称しています)1492年の休戦条約もまたこの戦争の終わりとして有力な説であること、しかしフランス王国の「公式見解」としては1453年で戦争は終わったという認識が示されていることなど、なかなか興味深いです。

本書では、この戦争が「イングランド王」と「フランス王」の戦争から「イングランド人」と「フランス人」の戦争へと変わっていったその過程で戦費や身代金調達の必要性から王と支配下の住民の関係が変化し、王と臣民が向き合い対話する政治が成長していったといったことを示しています。そして、この戦争を通じて国境と愛国心を備えた2つの国が形成されていったということも描き出されていきます。百年戦争について手軽に手にとって読めるいっさつとしておすすめできるかとおもいます。