まずはこの辺は読んでみよう

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中村隆文「物語スコットランドの歴史」中央公論新社

中央公論新社の『物語○○の歴史』シリーズは、読みやすくなかなか興味深い国々や地域が扱われており、多くの場合は一定のクオリティは備えているものが多いと思います(たまに一寸内容のバランスがどうなのかとか思うところもあるのですが、大体の傾向の話です)。ブリテン島については、すでに議会を軸に据えながら展開される「物語イギリスの歴史(上下)」がありますが、今回はスコットランドに焦点を当てた一冊がでました。

かつて一つの独立した王国であり、それが18世紀みイングランドと合同して「イギリス史」の中に組み込まれたスコットランド王国の政治史と、イングランドと合同後も啓蒙思想産業革命などの歴史的に重要な事柄について存在感を放ち、さらに近代に入りロマン主義が時代の基調をなす中で進められた「スコットランドらしさ」の復興、そして現在の状況まで、本書ではスコットランドの歴史を政治史だけでなく、スコットランドの宗教史、文化史についても章をさいています。

政治史パートを見ていると、一つの国家としては極めて不安定であり弱いと言わざるを得ないスコットランドの姿が窺えます。王国として姿を現した初期の時点では安定した権力継承には程遠い仕組みのタニストリーが王位を巡る混乱を生んでいます。さらに隣国イングランドとの間の国力差とそれに関連するであろう王が戦いを起こして戦死したという記述も目につきます(相手が弱っているとみて戦いを起こしたのに、負けて王が戦死というのはどうなのかと)。さらに、従来から頻繁にみられた貴族同士の権力抗争に加えて宗派の違いまで絡んでくる16世紀以降の政治的状況は一体どうした物かと思ってしまいました。

一方、本書において興味深い内容が盛りこまれているのは後半の思想や宗教、学問や文化に関するパートでしょうか。国家としてのスコットランドが消えた後の時代ですが、スコットランドの存在感を示す様々な文化が育ち存在感を示していくのはむしろここからでしょうか。

ケルトキリスト教カトリックの受容、そして宗教改革カルヴァン派の展開といったスコットランドの宗教事情、宗教事情と関連しながら様々な文化的要素の相互交流や対立を通じて発展した教育制度についてまとめられているところはなかなか興味深い内容が盛りこまれていました。長老派教会の平等主義的な考え方が教育を比較的広く行き渡らせるうえで重要な意味を持ったというところが大きいようです。

また、スコットランドは「スコットランド啓蒙」と呼ばれる学問・思想面での活発な活動が見られた地域です。ヒュームやアダム・スミスといった人々の活動がまとめられ、国力で圧倒的に差を付けられているイングランドに抗しうる人材がそだつスコットランドの姿が描かれています。

スコットランドの文芸についても色々と物議を醸した『オシアン』、そしてロバート・バーンズウォルター・スコットというスコットランドの現状を認識しつつ「スコットランドらしさ」を取り戻し生きながらえさせていった文学者についての記述があります。バーンズやスコットの活動により示された「スコットランドらしさ」については、現代で見られるステレオタイプ的なスコットランド像にもつながる所はあると思います。なんとなく、日本について「サムライ、フジヤマ、ゲイシャ」と言っているのと似たような感もありますし、本書の終盤に登場するミュアの考えるスコットランドらしさともまた違う所はあると思います。

思想や文学、学問以外にも、近代に発展したスコットランドの土木建築もまた重要な文化的貢献といえるでしょう。産業革命の進展、工業化が進む時代にスコットランドで様々な建造物が造られ、スコットランド出身の建築家が英国各地で活躍しているだけでなく、スコットランド啓蒙や知的活動を支える場を提供するという意味でも土木建築がスコットランド文化に欠かせない物であるという本書の指摘はなるほどなと思うところがあります。

一方、産業革命や工業化の進展に伴い、格差や貧困問題など社会問題も生じてきました。こうした社会問題の方に目を向け、経済家期にイングランドへの依存が進むスコットランドが自立してやっていくために何が必要かを考えたのが詩人のミュアです。バーンズやスコットとは違う視点の取り方をしているようですが、スコットランドアイデンティティスコットランドらしさを如何に取り戻すのかという問題意識は共通しているようです(まあ、ミュアの「スコットランド紀行」ではウォルター・スコット邸「アボッツフォード」は批判的に見られていた記憶がありますが)。

一つの独立した国家としてやって行くには非常に困難な場所だということがイングランドと合同するまでの政治史パートから受けた印象ですが、現代についても正直独立国家としてやっていけるかというとかなり厳しいだろうというのが読後の感想です。北海油田もあてにはできないようですし、国民投票で一端ストップしたスコットランド独立についてもブレグジット以後再燃するのかもしれませんが、独立後の国家運営を考えないと後が大変な場所だろうと思います。国は作ったら終わりではなく、造ってからが本当の勝負になってきます。

すんでいる人それぞれに「スコットランドらしさ」の理想型はあるでしょうし(それもあって、独立の国民投票は独立に至らなかったわけで)、今後もスコットランドの独自性、アイデンティティはどこにあるのか、そういったことも考え続けることにはなるのでしょう。かつてバーンズやスコットが格闘して提示してきたスコットランドらしさとはまた違う何かがこれから出てくるのかもしれないと思いつつ読み終えました。

圧倒的に国力差があるイングランドに組み込まれ、連合王国の一部を形成する状態はまだまだつづいていますが、そこで埋没せず、独自性を主張し続けるスコットランドの歴史や文化がコンパクトにまとまっています。また所々のコラムでは、スコットランド由来の物やスコットランドの文化に関する記述があり、これもなかなか面白いです(ゴルフとかハギスとかでてきます)。