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比佐篤「貨幣が語るローマ帝国史」中央公論新社(中公新書)

共和政の時代から帝政の時代まで、ローマ帝国では数多くのコインが作られてきました。それは今では博物館に展示されていたり、コレクターが収集・所蔵していますし、時折古代ローマ時代のコインが発見されたというニュースが入ってくることもあります。

こうした古代ローマのコインには、様々な図像や文字が打刻さています。アウグストゥスの業績に関連する図像や文言がはいっているものもあれば、太陽神と並び立つ皇帝の図像があったり、かと思えば、神話の人物の図像が入ったコインがあることもあります。

さらに発行するのは中央政府だけというわけではなく、地方都市で発行されたコインが多数存在する他、政界にデビューしたばかりの若者が造幣委員として発行したコインも多数見つけられています。こうした一つ一つのコインの図像から、どのようなことを読み取ることができるのか、それによって共和政時代から帝政時代までローマの政治文化がどのようなものであったのかをまとめたのが本書です。

本書の内容を可能な限り紹介していくと、政界での立身出世を望む若い政治家が、自己宣伝のために自分の功績や同時代人ではなく自家の祖先の英雄や神々の図像を用いている事例がまず挙げられています。これは自分が政治を担うにふさわしい家のものであることをアピールしつつ、独裁を嫌うローマの政治文化のことを考え手のことであることが示されています。その際には、新興家系のものが全く関係ない名門家系と関係するかのような捏造も行われていたことも示されていきます。

やがて、ポンペイウスカエサルのような強者を讃えるコインが作られるようになり、カエサルオクタウィアヌスになると自分の肖像が入ったコインを作るようになっていきます。そして、貨幣を使った皇帝やその一族の顕彰が行われる一方で造幣委員の名前も消えていくことになりますが、これはコインを使った自己宣伝による政界での立身出世の時代ではなくなっていったということを示すようです。

皇帝のコインについての分析も行われ、そこに刻まれた文言が元首政時代のローマの姿を知る手がかりとなることが示されていきます。元首政が共和政の尊重をしつつ、一族の間での帝位継承をなんとか目指そうとしてたことをコインから読み取っていきます。軍人皇帝時代の皇帝たちも、帝位をいかに世襲させるのかに気を使っていたことがコインの図像からうかがえることが指摘されています。

そして、ローマ帝国が小さな政府であり、各地の都市に自治が認められていたことが、各都市で作られたコインの存在から示されていきます。さらに皇帝の顕彰を目的としたコインが作られるようになっていく過程から地中海をローマの支配が覆い尽くしていったことを語っていきます。さらに、コインを手がかりに信仰のあり方についても、普遍的な神への信仰や、人間の神格化などの過去から残る伝統の上に、キリスト教の広まりがあったことにも言及していきます。

このように、本書はコインの図像や文言を手がかりとして、共和政から帝政のローマにおける政治文化の歴史を描いていくという形になっています。一つ一つのコインは、皇帝の肖像や文言がちょっと入っている貴重なものではあっても、それだけでは歴史についてはわかりません。しかし、それを数多く取り扱い、分析することによって、ローマの歴史の一端が明らかになっていく、そういう一冊です。資料の性質と分析対象のゆえだと思いますが、ローマの政治文化を明らかにすることに重きが置かれ、社会経済史的な事柄は今回は扱われてはいません。コインを通じてそうしたことを明らかにするとなると、今回とはまた別のアプローチが必要になるのでしょう。コインを通じてローマの歴史の一端を知ることができる入門書としてお薦めです。