まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

カルミネ・アバーテ(関口英子訳)「風の丘」新潮社

カラブリア地方にあるロッサルコの丘。この丘の土地を集積し、この地に根を下ろして暮らす アルクーリ家のアルベルト、アルトゥーロ、ミケランジェロ、リーノの4世代にわたる男達、そして嫁いできたソフィア、リーナ、マリーザといった女達、彼ら は第1次大戦やファシスト政権の時代、第2次大戦、戦後のイタリアの歩みに翻弄され、苦しめられながらも暮らしています。そして頑固で執念深いアルクーリ 家の男達は自分達の苦難に満ちた歩みを次の世代へと語り継いでいきます。

 

一方でロッサルコの丘にはかつてのマグナ・グラエキアの都市クリミサが埋まっているのではないかと考えられ、丘の発掘のためにパオロ・オルシなど考古学者 達がやってきますし、アルクーリ家の人々の中にもこの丘を掘って出てくる物や遺跡に関心を持つ人達がいます。この地の発掘もイタリアの歴史の流れに翻弄さ れながら中座したり再開したりしながら続けられています。本書はアルクーリ家4代の苦難や喜びにみちた物語と、古代遺跡クリミサを巡る話、そして現代イタ リアの歩みが織りなす大河ドラマといった趣を持っています。アルクーリ家だけでなく、色々な家に同様の物語があるのだろうなと思いながら、それと同時にこ こまで一族の由緒、歴史を語れる人が果たして現代にどれだけいるのかということを考えながら読みました。


一家を巡る大河ドラマを読み続けさせる仕掛として、色々な謎が登場します。冒頭からしばらくのところで現れる、アルトゥーロ少年が聞いた銃声と2人の若者 の死をめぐる謎があるのですが、遺跡発掘中に見つかった遺体と「血塗られた秘密が眠っている」という考古学者パオロ・オルシの言葉により、読者のこの謎を 巡る想像はかなり刺激されていくことになるとおもいます。アルクーリ家が地道に働いただけでこれだけの土地を集積することができたのか、やはり時々出てく る古代の遺物が絡んでいるのではないか(実際に現地でもアルクーリ家は金貨を掘り出したから土地を手に入れたという風聞は流れていたりします)、何か一族 の発展に関して後ろ暗い物があったのではないか等々と言った方向に想像を働かせる展開になりやすいのではないかと思います。

この地にきっと古代都市が眠っていると信じて考古学者パオロ・オルシ(この人についても色々とミステリアスな雰囲気を感じさせる描き方になっています)や 色々な人々が〈その中にはミケランジェロと結婚するマリーザも含まれます)やってきて発掘作業に従事し、この地に都市があるのかどうかを探していきます が、未知の都市を探すというとトロイアを見つけたシュリーマンの話を思い起こさせます。一方、貧しい人々が土地利用をできるようにすることのほうが古代の 都市を掘ることより大事なのではないかということで悩むミケランジェロの姿に考えさせられるところもあります。

クライマックスではロッサルコの丘は崩れ落ち、ロッサルコの丘じたいの秘密が明らかになる場面があります。丘に秘められた秘密が明らかになるこの場面です が、読んでいてアルクーリ家4代とこの丘にまつわる因縁も解けていく、これまで一家を丘にとどめていた何かが崩れ、一家が何かしらの束縛から解放されたよ うな印象を受けました。クライマックス直前でミケランジェロがリーノに色々と過去の話を語っていたと言うことを読んでいたからでしょうか。