まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

加藤九祚「シルクロードの古代都市 アムダリヤ遺跡の旅」岩波書店(岩波新書)

加藤九祚先生は長年中央アジアで遺跡の発掘調査に従事し、旧ソ連圏における中央アジア研究の成果を「アイハヌム」という一人雑誌を刊行して掲載したり、現 地の研究者の著作を翻訳して日本に紹介してきた方です。かなり昔に岩波新書から「中央アジア歴史群像」というこの地域で活躍した人々を取り上げた本を出し ていますし、翻訳物も出しています。

そんな加藤先生がバクトリアやマルギアナといった地方について、最近の現地における考古学の成果を紹介しつつ、日本でも比較的有名なアイ・ハヌム遺跡と、 アイ・ハヌムのようにヘレニズムの影響を受けた遺物が多数出土しているタフティ・サンギンの遺跡について、かなりのページ数を割いてまとめています。

遺跡紹介の他には、ゾロアスター教と開祖ゾロアスター(加藤先生は開祖というより改革者としてとらえています)についても1章にまとめてとりあつかってい ます。この地方の遺跡の発掘で拝火壇が多く見つかっているのですが、そこには原ゾロアスター教ともいうべきイラン系民族の宗教があり、それを改革したのが ゾロアスターであるという姿勢をとっています。

そして最後にはヘレニズムのこの地域への影響を取り上げています。発掘された遺物をもとにして、ヘレニズムの影響はバクトリアやマルギアナのなかでも様々 なパターンがあることが指摘されています。現地の文化にギリシア文化の一要素をそのまま取り込んだケース(言語面ではそういうところもみられるようで す)、様々なものを意味内容を変えながら取り込んでいったケース、ギリシア文化の意匠をとりこむケースもあるなど、ヴァリエーションは色々あります。

中央アジアで発掘された遺物からは、ギリシア文化の影響は意外と広く及んでいたこと、そしてこの地域の文明を構成する一要素として結構後まで残ったことが うかがい知れます。近年ではヘレニズムの影響は表層のみにとどまり深い影響はなかったという旨の主張が主流となっていますが、近年の現地における発掘成果 も盛りこむと、また違った見方ができるのかもしれません。モノから何をどれだけ読み込むのかということは人それぞれではあると思いますが、一昔前のギリシ ア文明万歳というのは違うけれど、かといって上っ面だけの受容にとどまって対して影響を与えなかったのだという近年の傾向もまた行き過ぎた所があるのかな という気がします。東方におけるヘレニズムという問題は、そう簡単に答えが出る問題ではなさそうです。

本書では、アイ・ハヌムとタフティ・サンギンの遺跡及び出土品の説明が多かったのですが、序章でアムダリアおよび涸れ谷、アラル海についてのまとめがあ り、この地域になじみがない人でもそれなりに堂言うところなのかを掴むことはできるようになっています。また、色々と新しい視点ももりこまれており、バク トリア、マルギアナ双方が影響を請け合っているバクトリア=マルギアナ考古学複合という最近唱えられ始めた概念に関係する事柄や、そして内陸部でのインド とメソポタミアを結ぶ道の存在についても触れられています。インドと西方世界のつながりについて、内陸の河川交通や陸路による東西のつながりという点に着 目しているところは他の類書にはない特徴だと思います。