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渡邉大門「黒田官兵衛 作られた軍師像」講談社(講談社現代新書)

角川選書から「黒田官兵衛・長政の野望」をだされた渡邊大門先生が、講談社現代新書からは黒田官兵衛の伝記をだしました。角川の方は関ヶ原の合戦前後のこ とがらに集中しているのですが、今回は官兵衛の出自、信長存命中のころのことや秀吉のもとでの活躍にもふれており、官兵衛の生涯全体をカバーする一冊と なっています。

個人的に興味深かったのが、第5章です。この章では「軍師」としての官兵衛像の形成をあつかっていますが、近代・現代における官兵衛を扱った小説はあまた あり、小説の世界では実におもしろおかしく官兵衛の姿が書かれていたことがうかがえます。商家の若主人に設定され、信長の前で大砲を披露したり、キリスト 教を説いたり(実際に官兵衛はキリシタンだった時期がありますが)といったかなり変わった官兵衛もあれば、下積みの人物として書かれたり、戦争好きのうぬ ぼれやにせっていされたりと、実に色々な官兵衛の姿が書かれています。

それらの独創的な官兵衛の姿を書いた小説にも盛りこまれているのですが、官兵衛は「軍師」としての活躍や彼の才能や野心をうかがわせる様々な逸話が残され ています。それらの多くは後の世に編纂された書物によるところがおおく、信用度の高い一次史料をもとに描き出していくと、ちょっと違う官兵衛の姿が現れて くるようです。また、主要な史料として黒田家の家譜がつかわれていますが、家譜も全面的に信用できるわけではなく一定の留保が必要であることが示されてい ます。

官兵衛の活躍を取り上げた様々な編纂物についても扱いはなかなか難しいのですが、逸話によっては元ネタもある場合があります。それは黒田長政ののこした遺 言状であり、黒田家取りつぶしの危機などの際に、家康が天下を取れたのは黒田官兵衛・長政のおかげであることをアピールすべく様々な逸話を虚実ない交ぜに して書かれています。そこには実際に行われた毛利・小早川の東軍側への取り込みのような話も書かれている一方で、まるで架空戦記の世界のような長政・官兵 衛がその気になれば家康もたやすく倒せるといった話、そしてそれにもかかわらず江戸幕府に奉公せねばならないと言ったことが書かれています。このあたりに 出てくる話にどんどんと尾ひれをつけ、話を広げていき、逸話として残ったようです。

こういった、「軍師」官兵衛のイメージ形成に関する話も面白いですが、播磨の土豪から信長、秀吉に重く用いられる武将となり、ついには大身大名にまで登りつめた官兵衛の生涯をわかりやすくまとめた一冊としてお薦めしたいですね。