まずはこの辺は読んでみよう

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ロビン・オズボン(佐藤昇訳)「ギリシアの古代 歴史はどのように創られるか?」刀水書房

本書はケンブリッジ大学で行われた講義をもとにした、古代ギリシア史の入門書です。しかし、この本はミノア文明からヘレニズム時代までをつらつらと書いたギリシア史の概説書をイメージして読み始めると、全く違う内容で少し驚く人もいるかもしれません。

1章ではスポーツと恋愛をとりあげ、ちょうど2011年7月5日より始まった「古代ギリシャ展」の目玉「ディスコボロス(円盤投げ)」も検討材料の一つに 含まれています。そこで、古代ギリシアと現代が如何に違うのかということを描き出していきます。その後、2章だと植民活動について扱いつつ史料論へと話が 進み、3章では墓や農地などから人口と海外交易の話が展開し、4章は紛争解決の2つの手段として法と個人(僭主)についてとりあげ、政治の成立へと踏み込 んでいきます。

以下、5章は前古典期の戦争についての記述の問題と、ペルシア戦争がギリシア世界に与えた影響をあつかい、6章は民主政にからめて自由と抑圧の問題をとり あげ、7章はアテネの文化から説き起こしてギリシア世界の多様性とギリシア文化の画一化を論じ、8章では紀元前4世紀以降のギリシア世界について、マケド ニアの台頭とアレクサンドロスの東征によって変わったことと変わらないことにふれつつまとめています。

だいたい、以上のような内容からなる本書ですが、実は、私もタイトルを見た時はてっきり概説書かと思っていたのですが、通読して、本書は、いくつかのト ピックを選びながら、古代ギリシア史がいかに創られてきたのか、「古代ギリシア人」「古代ギリシア世界」とはどんな人々、どんな世界なのかといったことの 一端を明らかにしていくための手がかりを与える本だという印象を受けました。

本書と通読してみて、現代人が古代ギリシア史について研究するために用いる史資料の扱いと言うことについて触れている箇所がおおくみられました。モノや文 献について、それが当時どのように用いられたのか、それを書いた人が同時代についてどのような認識を持ち、過去を書いたのかといったことを知らずして古代 ギリシア人や古代ギリシア世界について知ることは無理でしょう。「史料に書いてある=事実」というわけではない、ということを念頭に置きながら注意して読 まないと、現在に過去を投影したような、妙な歴史像をつくってしまうことになるので、これから歴史を学ぶ人達には、そういう所は気をつけて欲しいなあと思 います。

個人的には、まるっきりギリシア史について知らない人がよむより、前古典期から古典期までのギリシア史をちょっと頭の中に入れておいてから読んだほうが、 より楽しめるかなとおもいます。本書で取り上げられたトピックの中で、いままで自分としては歴史的事実と思ってきたこと(重装歩兵戦術の話とか)も、そう 単純な話ではないということがわかったり、小冊子ではありますが、なかなか刺激的な一冊でした。

(追記:2013年1月17日)
史学雑誌」の新刊紹介(第121編2号)の他、「古代文化」(第64巻第2号)でも文献紹介で取り上げられていました。歴史学の専門書以外の媒体でも取り上げて欲しい一冊ですね。出版されてから1年半くらい経ってしまっていますが。