まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

ジョン・ボードマン「ノスタルジアの考古学」国書刊行会

アレクサンドロス大王は東征を開始して間もない時期、トロイアを訪問し、神殿に奉納されたアキレウスの武具を譲り受けたといわれています。そして、後に マッロイ人との戦闘中に負傷し、危機に陥ったアレクサンドロスを守るためにペウケスタスがアキレウスの楯をかざし、彼を救ったということが伝えられていま す。

実際に危機の場面で使われたのかどうかは別として、「アキレウスの楯」とされるものが後の世に伝えられていたという事は、過去に残されていたある武具を 「アキレウスのもの」と解釈して、神殿に奉納し、まつるということで、アキレウスという神話の世界の住人が古代ギリシア人の歴史のなかに組み込まれていた という興味深い出来事を伝えています。

本書では、周囲に残された過去にまつわる物から、どのようにしてギリシア人たちは神々や英雄たちがいた「神話的過去」を創造していったのかということを描き出していきます。

大型生物の化石が見つかれば、それは怪物や英雄の骨ということになり、ミケーネ時代の墳墓が神話に登場する英雄たちの墓と見なされたり、古い建造物が英雄 の居城として扱われ、そして自然地形についても神や英雄と関連づけられていったことを、数多くの史料や図、写真を取り上げながらまとめていきます。また、 神話や伝説に登場する怪物や英雄を図像で表現する際に、過去に残された化石や物(日用品や外国の品など)が影響を与えていたらしいといったことも述べられ ていきます。

古代ギリシア人たちが、彼らの「神話的過去」とどのように向き合い、それを過去の中にどのように組み込み、具現化し、そして過去を模倣したのか、豊富な史 資料をもとに描き出しており、なかなか興味深い事例が多数含まれています。現代の我々の目には、神話を自分たちの過去に組み込み、過去を「創造」するとい うことは何とも奇異なものに見えるかもしれません。ギリシア人たちは、我々が科学を信じるのと同じように、彼らの神話を信じていたからこそ本書で扱われて いるような事例が残されたのでしょう。人が過去と向き合う形は様々ですが、その一つを深く掘り下げてった、非常に興味深い1冊だと思います。