まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

マリオ・バルガス=リョサ(且敬介訳)「世界終末戦争」新潮社

本書は、2010年ノーベル文学賞受賞者であるマリオ・バルガス=リョサの有名な作品の一つであり、長らく日本で復刊を希望する人が多かった作品です。今 回、ノーベル文学賞受賞をきっかけに復刊されるまでは、買うのを一瞬戸惑うような高値がついていましたが、ようやく比較的普通の価格で読めるようになりま した。

物語の題材は、19世紀末ブラジルの内陸部で実際に起きた、カヌードスの反乱です。時代はちょうど帝政から共和政へと移行して間もない時期で、ブラジルは 共和政国家としての基盤をこれから確立し、近代国家としての道を歩んでいこうとしていました。一方、大干ばつにより苦しむ内陸部で活動する説教師コンセ リェイロを聖人としてあがめる人々が増え、やがてカヌードスに一大コミュニティを作り上げ、共和国に対して反乱を起こします。

物語の前半では、コンセリェイロの伝道活動とそれに接して彼に従うようになった多くの人々について、個々の背景や人物像を掘り下げていきます。コンセリェ イロに従う者たちの中には、それまでは手のつけようのないワルもいたりするのですが、彼の言葉のどこかに心が動かされたのか、コンセリェイロの教えに服し ていきます。様々な出自・背景を持った人々の心を引きつけるものがコンセリェイロという人物にはあったようで、聖人なのか(政府や教会がいうような)狂信 者なのかは、人によって判断は異なると思いますが、この物語では彼は聖人的な面が強調されているようです。

彼に従う人物も、個人的恨みから出身の村で殺戮と破壊の限りを尽くし、ギャング団のボスとして君臨しながら、コンセリェイロに忠実に従うようになったジョ アン・アパージ、一番最初にコンセリェイロに従い、宗教的側面を担うことになったベアチーニョ、元商人でカヌードスの社会デザインを一手に担うことになっ たアントニオ・ヴィラノヴァ、頭が異様に大きく四足歩行?をするレオン(彼の姿の描写は、まさにライオンとかあの類の動物を思い起こさせる)等々、個性的 かつ厚みのあるキャラクタがそろっています。前半で彼らの過去やコンセリェイロとの出会いなどが書かれていくのですが、なんとなく「水滸伝」を読んでいる ような気分になってきました(あれも108の豪傑の主要人物についての話が結構多い)。

カヌードスの反乱は、原始的・旧式な武器しかないにもかかわらず、討伐のため差し向けられた政府軍を度々撃退し、特に討伐の切り札として投入されたモレイ ラ・セザル大佐率いる軍勢を壊滅させるにいたって、何かしらの陰謀が裏にあるのではないかと、外部の人間の目には映るようになっていきます。共和制支持者 は王党派が、王党派は共和派がそれぞれ陰謀を仕組んでいると考えていますし、それとは別にこれを自由社会建設のための革命と見て、信仰心はないけれど協力 しようとする革命家があらわれたりもします。こういった人々についても、しっかり書き込まれているため、彼らの言動や行動も納得がいくものとなっています (あくまで物語世界での話ですが)。あと、突拍子もないような言動や出来事だと思っても、後でちゃんとそれに至る過程や背景が描かれているので、丁寧に読 めば分からなくなることはないと思います。

なぜ近代兵器で武装した軍隊がこんな反乱を鎮圧できないのか、外から見ると極めて不思議だったため、いろいろと憶測が飛び交うことになるのですが、この反 乱を、色々な人の目から見た物をまとめ上げる形で描き出し、さらに時制も錯綜させつつ(過去の出来事があとからでてくることがおおいです。あれ、この人い つ死んだのか?とおもったら、あとで死の場面が出てきたりとか…)、一つの物語としてカヌードスの反乱を描き出していきます。ラテンアメリカの文学という と「マジックリアリズム」という言葉が良く出てきますが、この作品においては非現実的なものと現実を融合させるという感じではないように感じました。ラテ ンアメリカ文学というと、ボルヘル、ガルシア=マルケスのような、何とも不思議な話ばかりではないということをこれで知った人も多いのではないでしょう か。