まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

加藤博「ムハンマド・アリー 近代エジプトを築いた開明的君主」山川出版社(世界史リブレット人)

ムハンマド・アリーによる近代国家建設の試みと行き詰まり、帝国への野望と挫折をコンパクトにまとめた一冊です。「人を通して時代を読む」というシリーズ 全般のコンセプトとなる帯文から考えると、ムハンマド・アリーの生涯を通じて地中海世界、そして近代というものについてコンパクトにまとまった良い本だと おもいます。

ムハンマド・アリーが活躍した東地中海世界は宗教を基底的なものとしつつも民族・言語・宗教の複合的なアイデンティティをもち、多様なコミュニティが存在 し、エジプト中心の貿易圏がつくられ、ナショナリズムに基づく国民国家建設が過渡期にありました。マケドニア出身アルバニア人の彼が軍人としてエジプトに 渡り、そこで総督となり近代化を推進、オスマン帝国に対し文化への憧れと共感を持ちつつもエジプトの独立を目指し、帝国への野望を抱くもそれが失敗に終わ る過程がまとめられています。

そして、彼が行った近代化政策についても頁をかなり割いてまとめられています。ナイル川の自然灌漑により成り立っていた農業を近代的な灌漑農業に変え、そ れに伴い農村の集落のあり方まで変えていったこと、そしてそこには近代という時代が強く反映されていることが述べられるとともに(例えば、ヨーロッパ近代 の「私有権」の文脈で農地国有制を実施し農地所有権の所在をもとに農業政策を正当化した)、住民を個人として把握・管理したうえでの徴税、近代的な統治機 構、徴兵制による軍隊、学校教育の制度の整備も進めています。なお、近代化を進めるにあたり、フランスに留学生を送ったほか、ヨーロッパ人を迎えて色々な 仕事をさせています。

このような近代化政策を見ていると、日本の明治維新を思い起こさせるところがあります。日本が明治維新に取り組む約半世紀ほどまえにエジプトで近代国家建 設の試みが進められていました。しかし、近代国家建設の試みはエジプトでは様々なきしみを生じていき、さらに帝国建設の野望が欧州列強との戦争をひきおこ すことになり、ムハンマド・アリーの挫折へと到ります。

近代化の成否については、本書でも触れられているように、歴史の偶然と蓋然と言うことしか言えないのかなと思います。具体的に何をやったから良かった、何 をやったから駄目になったと言うように特定できる要素は特に無いでしょう。19世紀前半の時点でエジプトは欧州列強の海外進出において極めて重要な場所に 国があり、利害関心の対象になりやすかったことや、国際情勢の影響を強く受けやすい場所だった一方で、日本は欧州列強の圧力を受けにくい東アジアの端の方 にあったというような様々な偶然が日本とエジプトの歩みを大きく変えたとしか言いようがないですね。