まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

バート・S・ホール(市場泰男訳)「火器の誕生とヨーロッパの戦争」平凡社(平凡社ライブラリー)

ヨーロッパの歴史を見ていくと、中世末期に火器が使われるようになり騎士の没落が進んだといった記述が教科書などでみられましたし、今でもそのようなイメージが強いと思われます。火器の使用は14世紀初めには実現していますが、いきなりそれによって火器が戦争の主力兵器となったわけではなく、火器中心の戦争になるまでには長い時間がかかりました。

本書は火器が登場してから戦争の主力兵器となるまでの長い年月を通じ,どのような変化が生じたのかを描いていきます。火器が登場する前の中世ヨーロッパの戦争について最初にあつかい、イングランド長弓隊や騎兵、槍兵といった兵種がどのような形で用いられていたのかと言ったことから話が始まります。そのような世界に火器が登場し、やがて戦場で多く使われるようになりますが、実際の運用を見ていると初期の頃はあまり効果的でないと感じるところがあります。

火器がヨーロッパの戦場に投入され始めた14世紀から15世紀、いかにして火器の威力を増すのか、とにかく大きい大砲を作ってみたり、砲身をやたらと多くしてみたりということがおこなわれています。レオナルド・ダ・ヴィンチも考えた多砲身の火砲というのはアイデアとしては面白いのでしょうけれど、それが実戦で役に立つかというとなんとも微妙なもののようです。実際の戦場での火器運用をみるとどうもうまくいっている感じではない(特に野戦)。火器の進歩(銃身が長くなるなど)は火薬の進歩が進んで初めて可能となっていくもので、それまではなかなかうまくいっていないことも示されています。

そして、フス戦争や百年戦争末期、レコンキスタ終結期の戦いでは火器が重要な役割を果たすようにはなってきますが、それでもなお銃身の内側はライフリングも基本的にはない滑腔式の火器であり、射出された弾丸の速度や威力もあまり安定しない(しっかりと作られた胸甲で意外と防げたりする)などの問題もあるのと、実際の戦場での火器の運用についてもまだまだ工夫の途上という様子も見られ、火器の登場で全てが決するという状況に至るまでにはまだ時間がかかるところがある様子もうかがえます。

しかしながら、築城術の変化や軍隊規模の拡大、そしてホイールロック式のピストルで武装した騎兵の登場と重騎兵の消滅(著者はホイールロック式ピストルを備えた騎兵の登場を高く評価しているようです)など、軍事技術やそれをささえる制度(兵を集める方法や軍を維持するために必要な資金の調達も含む)の発展も進み、ヨーロッパの戦争が徐々に変質していくことがうかがえます。中世から近世のヨーロッパ軍事史、技術史を扱った本として面白いのでお勧めしたいと思う一冊です。