まずはこの辺は読んでみよう

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川島重成・古澤ゆう子・小林薫(編)「ホメロス『イリアス』への招待」ピナケス出版

ホメロス叙事詩イリアス」「オデュッセイア」というと古代ギリシア文学の代表作として挙げられるだけでなく、世界文学全集にも収録されていたり、読んでおくべき海外文学として紹介されることも非常に多い作品です。日本語訳も複数存在しますし、それで読んだことがあるという人もいるのではないでしょうか。

本書は、ホメロスの「イリアス」について、その成立の歴史的背景を「イリアス」の描写の一部(軍船カタログ、会議)をもとにわかりやすくまとめていたり、「イリアス」がどのようにして作られていったのかを最近の研究動向を中心にとりあげてみたり、物語において度々介入してくる神と人の関係を考察する内容から始まります。

その後は、アキレウスヘクトルの一騎打ちやホメロスの世界における英雄とはどういうものか、怒りで引きこもるアキレウスが再度戦いへ赴くきっかけとなる戦いの話などの物語の本筋に関わる事柄や、オデュッセウスやネストル、テルシテス、アイネイアスといった叙事詩に登場する様々な脇役たち、そしてこの叙事詩のプロットに関わる嘆願や非英雄的なもの(食べる・寝るなどの描写)、叙事詩の物語技法に関わる事柄などが章として立てられ、文章も読みやすくまとめられています。

本書に収められた論考は、いずれも「イリアス」のテキストを読み込みながらそこに書かれていることからどのようなことが読み取れるのかを描き出して行きます。アキレウスが普通の英雄を超えた存在であることや、ヘクトルトロイア城内に一時帰還し再び戦いに出るまでの短い間でどう変わったのかを明らかにする章があり、嘆願の場面の解釈を通じ、無力な者の願いに応えることで嘆願される者の解放が達成されることをときあかす章もあるなど、内容は多岐にわたります。

イリアス」を読み解くことを通じて、「イリアス」が持つ様々な魅力をいろいろなトピックを通じ描き出している本だと思います。そして、西洋古典学というジャンルについて一般の人に伝えたい時に役に立つ本だと思います。少し前に「『英雄伝』の挑戦」の感想でも似たようなことを書きましたが、「『英雄伝』の挑戦」がジャンル横断の学問としての西洋古典学を知る入り口だとすれば、「『イリアス』への招待」は古代人が残したテクストを読み解きそこに書かれていることを様々な視点から明らかにしていくというプロセスに触れるきっかけとして有効でしょう。この本を読みつつ、あらためて「イリアス」を読み返してみるとまた面白く読めると思います。