まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

丹羽宣子「〈僧侶らしさ〉と〈女性らしさ〉の宗教社会学」晃洋書房

宗教は人々の生活や考え方に対して影響を及ぼしてきましたが、それは男らしさ、女らしさといったものを規定する際にもみられます。性別による役割や序列を規定したり、正当化するさいに宗教が大きな影響を及ぼしてきたことは忘れてはいけないことでしょう。宗教とジェンダーフェミニズムというと、伝統宗教の制度や思想が男性中心主義・家父長的ということを批判するという研究が多いような気がしますし、それはもちろん意味があることだろうとは思います。では、そうした伝統宗教の世界で生きる女性たちというのはどういう風に考え、行動しているのか。

また、男性だけでなく女性の聖職者がいる宗教はいろいろとありますが、女性聖職者がその宗教・宗派においてどのような役割を果たしているのかというと、色々な違いがあるかと思います。では、日本の仏教の場合、現代の女性僧侶はどのようなかたちで宗教活動に関わっているのかというと具体的にどうなのかを簡単にまとめようにも、宗派により色々違いがあるようです。

本書は、日蓮宗の女性僧侶たちへの聞き取り調査をもとに、「僧侶らしさ」と「女性らしさ」の狭間で生きる女性僧侶たちの姿を解明して行きます。最初の2章で「女性僧侶」とはなにかといった言葉の定義や日蓮宗で行われた女性僧侶に関するアンケート調査の結果分析、そして調査の手法としてライフストーリー法をもちいるなどの方法論的説明を行なった後、具体的なケーススタディにはいっていきます。

ケーススタディとしては、実際に聞き取り調査を行った人のなかから三人がピックアップされています(それ以外の方の話はそのあとに続く2章で適宜紹介されて行きます)。それぞれの女性僧侶の宗教活動や日常生活においてどんなことが問題となっていたのか、そしてそれをどのようにして乗り越えようとしてきたのかを書いていきます。「女性らしさ」と「僧侶らしさ」について、三者三様の対応がみられ、「女性らしさ」からあえて距離を取るか、それを活用していくか、利用できるところは利用するかで違いがあったり、「僧侶らしさ」についても色々と思い悩みながらも対応している様子がうかがえました。

そして、ケーススタディの3人とそれ以外の方への聞き取り調査から浮かび上がってくるのは、寺院運営が男性に最適化されていることや人数比の圧倒的な差などもふくめ「男社会であるお坊さんの世界」のなかを女性僧侶たちが悪戦苦闘したり、あの手この手を尽くしながら生きている姿であり、「僧侶らしさ」についても従来的「僧侶らしさ」へなんとか近づこうとする女性僧侶の動きがあるいっぽうで、それと違う新しい「僧侶らしさ」を模索する動きもあることなどでしょうか。本書で登場する女性僧侶たちのバックグラウンドは極めて多様であり、女性として一括りに扱われることや、「女性」であることをあえて強調したり意識することについても世代によって随分と違いがあることもうかがえます。

そのような状況下で「僧侶らしさ」と「女性らしさ」が決して二項対立的でどちらか一方を選ぶというものではなく、同一人物の語りの中でもあるときは専門職主義的な「僧侶らしさ」に近づこうとする一方で「女性らしさ」を生かすようなオルタナティブな僧侶像に近いものがあらわれるなど、「男社会」のなかでの生き残り戦略は色々な形をとって、その時々で現れてくるということも示されています。

女性僧侶たちの悪戦苦闘が描かれる中、それによって実は男性僧侶もこの「男社会」なお坊さんの世界で苦労しているとおもわれる話も色々とでてきます。本来出家したら生やせない髭を生やすお坊さんがいたり、遊園地に行くと騙されるようなかたちで度牒を交付され僧侶にさせられる話や、寺の息子に生まれたが故に親に強制されて僧侶になるなど、そこに彼ら自身の意思を反映する余地などというものはない様子が伺え、男性僧侶もまたこの社会で悩み苦しんでいるのではないかということも考えさせられます。

「男社会」で生きる女性僧侶の人生を描く中で浮かび上がる色々な問題は決してお坊さんの世界だけに限ったものではないと感じました。例えば、お坊さんの世界の時間の流れ方や仕事の仕方が「男時間」と言われている部分については、会社などでの仕事の仕方を思い出してみても確かにそうだと納得が行く人は多いのではないでしょうか。また、周りに合わせて巧みに振舞っていく女性僧侶の姿に色々と考えさせられたり、思うところがあるという方もいるかもしれません。一部の人たちからすると、ケーススタディの3人目の方の対応は「男社会に迎合しているだけ」と見えてしまうかもしれません。外野がやいのやいのというのは簡単ですが、そこで生きている当事者はどうすれば良いのか。この本で語られている内容は、そんな簡単に一つの型にはめたり単純化できるようなものではなく、苦しいし、しんどいかもしれないけれど、男女問わずに考え続けなくてはいけないことのように感じました。

普段なかなか読まないジャンルの本でしたが、非常に面白く読みやすく読めました。働き方についての自分自身の関心事とも少し重なるところがあったからかもしれませんが。