まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

設樂國廣「ケマル・アタテュルク」山川出版社(世界史リブレット人)

2016年夏、クーデタ未遂事件で注目を浴びたトルコですが、第1次世界大戦後、アジアにおいて国民国家建設、民族独立を目指す運動が活発化した時期に新 しい体制の国家を作り上げています。西欧を手本とした近代化、イスラム圏に属し、国民の多くはやはりイスラムを進行しているものの、政教分離世俗主義の 路線をとっています(最近、この辺りには少々揺らぎも見えるのですが)。

本書では、現在のトルコ共和国の根本となる部分を作りあげたムスタファ・ケマルケマル・アタテュルク)について、第一次大戦までの彼の経歴と、敗戦から トルコ共和国ができあがるまでの激動の時代、そして建国後の周辺国との関係や国内の近代化路線といった内容をコンパクトにまとめていきます。

本書を読むと、トルコ共和国の建設に至る過程はかなり複雑であり、困難な事柄を同時に処理しながら進まなくてはいけなかった様子がよくわかります。第一次 世界大戦で敗れたオスマン帝国連合国の占領下に置かれ、さらに厳しい状況へと追いやられていく中、ケマルも含めた人々が結集して祖国解放戦争を戦ってい く過程と、第一次世界大戦講和条約の締結の過程、そしてイスタンブル政府とアンカラに結集した勢力の関係のなかで共和国としてのトルコが建設に至る過 程、これがすべて同時進行で進められていたことがまとめられています。

高校の世界史などでは、説明の都合もあるのでしょうが、敗戦→セーヴル条約締結→ケマルらのアンカラ政府樹立→祖国解放戦争勝利→ローザンヌ条約締結→ト ルコ共和国樹立、といった感じで説明が進められ、ついつい時系列もそのように進んでいるように理解している人もいるのではないかと思います。しかし、実際 には祖国解放戦争を戦いつつ対外交渉も進められたりしており、複数の困難な課題にケマルが立ち向かっていたことが伺えます。

また、本書ではトルコ共和国の建設以降の周辺国との関係についてもかなりページを割いています。トルコ共和国建国後の事柄はテーマ別の章立てのようになっ ており、少々行ったり来たりになるところも出てきますが、近代国家建設のための国内での諸政策だけでなく諸外国との関係についてもふれています。また、祖 国解放戦争の始まりからトルコ共和国の建設に至る過程でケマルがどのようにして独裁的な権力を確立して行ったのか、そしてケマルと彼と共に戦った人々の関 係がどのように変わって行ったのかもまとめられています。一方、近代化の過程でケマルは女性の権利関係のことでもいろいろやっていますが、そのあたりはあ まり触れられていません。そこのところも触れておいたほうがよかったのではないかと思います。

いままで、ケマル・アタテュルクについての評伝・伝記というと、大島直政「ケマル・パシャ伝」くらいしかありませんでした。あの本自体はかなり面白い本で したが、いかんせん内容が古くなってきています。そんな状況下ですので、本書は最近の研究成果を反映し、なおかつ書店で購入可能なケマルの伝記としてすす められる一冊だと思います。