まずはこの辺は読んでみよう

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冨田健之「武帝」山川出版社(世界史リブレット人)

前漢武帝というと、衛青や霍去病による対匈奴戦争、張騫の大月氏への派遣をきっかけにした西域への勢力拡大、各地への度重なる遠征により財政が悪化する なかで実施された均輸・平準など財政政策、郷挙里選に見られる人材登用、そして儒学を官学化したことなど、様々な業績が伝えられています。

しかし、本書では武帝のそのような様々な業績について広く扱うということは行われていません。では、何を扱っているのかというと、武帝の時代に皇帝支配が いかにして確立されていったのかということです。秦の始皇帝から皇帝による政治が始まりますが、個人の超人的力量に依存せずに統治できる仕組みを作り上げ たのが武帝であるということに絞って書かれていきます。

漢というと郡県制を適用する直轄領と諸侯王に支配を任せる地域が並立する郡国制を取っていましたが、呉楚七国の乱を鎮圧した後、実質的な郡県制へ移行した と言われます。武帝の時代には中央集権的な体制が出来上がっていたということが言われていますが、最近ではそれに伴い中央政府の負担が大幅に増え、地方へ 派遣する長吏が不足し、国家財政の構造改革が必要となっていたと言われています。

武帝の時代はこうした課題を解決しなくてはならない時代であり、皇帝による政治を超人的能力のない「普通の」皇帝であっても国を治められるようなものへと 変えていくような体制が作られていったことが示されています。具体的には、丞相の組織の統括者化、側近官僚による官僚の運用と統御から「陛下の喉舌」たる 尚書の成立、こういったことが取り上げられています。

本書は、「中国史」における武帝の位置付けについて、コンパクトにまとめらえていると思います。郡国制から実質的な郡県制、中央集権体制への移行につい て、それが武帝に安定をもたらすのでなく、むしろ負の遺産を残したという指摘もさることながら、それの克服が武帝により進められ、個人の力量に依存しない 皇帝による統治体制を確立するうえで重要な意味を持ったというのが本書における武帝の時代の意義というところでしょうか。

しかし、一方で対匈奴戦争や財政政策についてほとんど触れていない、また儒学の位置付けなどについてもそれほど詳しいわけではないところがあり、「中国史 における」位置付けを考えるに当たっても、もう少し触れる必要があったのではないでしょうか。東アジア世界、ユーラシア世界の歴史における位置付けという 視点もあっても良かったのではないかと、読み終えてから思いました。