まずはこの辺は読んでみよう

しがない読書感想ブログです。teacupが終了したため移転することと相成りました。

林美希「唐代前期北衙禁軍研究」汲古書院

中国の皇帝による支配を支える柱として官僚制と軍制はどちらも重要です。そのあり方も王朝により様々であることがわかっています。その中で、日本の国家のあり方に大きな影響を与えた隋、そして唐の軍制というと府兵制が取り上げられます。府兵制をめぐってはさまざまな研究がなされてきていますが、いっぽうで唐の軍制については府兵制以外の仕組みが存在したこともわかっています。しかし具体的なあり方はわからないところも多いようです。

本書では、皇帝の近衛兵である北衙禁軍に焦点を当てていきます。玄武門の変以後も度々発生した唐前期の政変と北衙禁軍の発展にどのような関係があったのかを検討し、騎兵が主力の北衙禁軍に馬を供給する閑厩のありかたと馬の供給システムの発展といったことを第1部で描き出します。そして第2部では北衙について、玄宗時代の龍武軍を題材としてこの軍が北衙の歴史の中でどのように位置付けられるのか、禁苑の機能や北衙禁軍の姿、唐の蕃将と北衙の関係をみつつ唐による異民族支配や辺境防衛および北衙禁軍の変遷、安史の乱に関わった勢力をみながらこの戦争が唐の内外のさまざまな勢力が関わる国際的なものであったことを示していきます。

もともと太宗がおいた小規模な騎兵隊が多くの政変に関わる中で規模を拡大していった北衙禁軍ですが、その過程で北衙にとりこんだ蕃将たちを通じて部族民の兵力を取り込み軍事力とするというある種中央集権的なやりかたが難しくなるといったこと、政変で権力を握った勢力が北衙と安定した関係を築くのは難しく、玄宗はそれに関してはうまくいったものの、蕃将を通じ部族兵をコントロールする体制維持が困難な状況が生じ、自立化する地方軍事力を制御できなくなったときにおきたのが安史の乱であったというとことのようです。

夷を以って夷を制す、ではないですが、突厥など強力な遊牧勢力に対抗しつつ周辺勢力を抑え領土を広げるには、やはり騎馬兵力が重要であり、騎馬兵力を組み込む回路としてある時期まで北衙禁軍が役に立っていたところもあったのでしょう。正直なところ府兵制では説明がつけにくい唐の勢力拡大を担った軍事力の一端がわかる一冊だと思います。

一方で北衙禁軍自体が常に精鋭だったのかというとそうも言えないようです。当初は選りすぐりの精鋭かつエリートコースの一角に位置付けようとしたこともあったようなのですが、精鋭であり続けることは難しく、待遇は格段に良く、親征以外の遠征が想定されず実戦経験はあまりなく禁苑に駐屯して政変時の「戦争ごっこ」に関わる程度、伝統と矜恃だけは膨れ上がるが結構打算的、気がつけば軍事力としてはあまり使えない存在となり、安史の乱により瓦解した、それが前期の北衙禁軍の姿というところでしょうか。似たような歩みを見せた集団や組織は現代にもあるのではないでしょうか。他山の石とすべきかもしれない集団だと思いながら読んでいました。