まずはこの辺は読んでみよう

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平田陽一郎「隋唐帝国形成期における軍事と外交」汲古書院

隋唐帝国というと、律令体制のもと土地を農民に均等に与える均田制と、それに立脚した租庸調の税制、そして軍制として農民を一定の割合で選抜し兵として軍府に所属させる府兵制が実施されていたと言われています。府兵制については兵農一致の軍制として世界史の教科書などでは語られています。しかしその一方で府兵制について兵農一致なのか兵農分離なのかをめぐり見解が分かれているところがあるようです。

しかし、本書において「府兵制」という言葉はそれが実際に存在したとされる時期に使われた用語ではなく、府兵制が既に行われなくなった唐代後期の文献や、経費を節減しながら軍事力を強化することが必要になってきた宋代になって使われるようになった言葉であるということが示されていきます。そして本書では兵農一致の軍制としての「府兵制」というものが後世に創作されたものであるというかなり衝撃的な内容が見られます。

では、そのような一般的な理解とは異なる認識のもと、隋や唐の軍制はどのようなものとしてとらえることが可能なのか。また、突厥柔然、吐谷渾、高句麗といった周辺勢力との関係もあわせて考えるとどのような軍制の形成過程がみてとれるのか。本書は大小様々な集団を中央の統制下に取り込み動員・編成する事を可能としていたことを西魏の軍府設置や北周の二十四軍制、そして隋唐の軍制まで受け継がれた特徴として指摘し、隋唐の軍事に関する事柄を「中国」のものとして理解するよりも、遊牧民の軍制の系譜に位置づけていきます。一方、唐の後半、府兵制が行われなくなる、北と西での影響力を失い「世界帝国」というには小さくなった時期の唐の軍事についてどうとらえるのか、その辺りの見通しを知りたいと思う所はあります。

本書で扱われている内容は北周から隋、唐の時代のことですが、史料として最近発見が相次ぐ墓誌を用い、その内容の検討をもとに軍事や外交について論を進めている所が多いように感じました。墓誌を史料として使うことの問題点(煬帝高句麗遠征や雁門事件などの歴史的な事柄について事実と反する事が書かれているものがあるなど)も指摘しつつ、墓誌に書かれた情報がこの時代の軍事について知る上で非常に有益であることが示されています。

本書は著者がこれまでに発表してきた論文や報告をまとめ、加筆したり補論として最近の研究動向についても触れた内容を追加したものです。参考文献表がついていないのは一寸残念ではありますが、隋唐の軍制を中国王朝の軍制としてとらえるよりも、遊牧国家の軍制の仕組みから考えていくことでより分かりやすく見えてくるものがあるように感じる、非常に刺激的な一冊でした。